1学期
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「もしもし。……うん、大丈夫だよ。……それは、イヤ。……ちょっと…………行かなきゃダメ? そう……わかった、バイバイ」
通話の切れる電子音が小さく響くのを聞き遂げると、そっと耳から離した携帯電話を見つめる。リンネは胸の底に積もる言いようのないもやつきをひとつ、溜め息に変えてこぼす。
「集会かぁ……めんどくさいなぁ」
月に1度の全校集会。これがある日は、E組の生徒はわざわざ登った山を降りてまで辱めを受ける事になる。元クラスメイトの生徒にワザとらしく煽られた渚は、声を上げて嘲笑う様を黙って見ているしかなかった。「E組だから仕方ない」そんな考えが肩にのしかかって、顔を上げられないのだ。
思い込みである筈の重みが、突然ずしりと本物の質量を持つ。驚きに振り向く渚の肩には、面倒くさそうな表情を隠そうともしないリンネがのしかかってきていた。第二次成長期が来ていない――と、本人は信じている――渚よりも、頭の半分ほど背の高いリンネが肩に手を置いて体重をかければ……そのまま前に傾くのは当たり前の事である。前に並んでいた倉橋にぶつかったのを謝り倒した渚は、未だに自分の小さな背に張り付いている少女に声をかけた。
「リンネちゃんはもっと前じゃないの?」
「一番前じゃん、ヤだよ」
「イヤって……ほら、行きなよ」
置かれたというより、握り込まれていると言った方が正しいこぶしを軽く叩けば、リンネの手が肩から離れて行くのを感じて少しだけ安堵してしまう。渚だって思春期の男子であるのだから、女子に触れられれば好意の有無はどうであれ緊張するのだ。
意地でも先頭には行きたくない様子のリンネの歩は重く、渚を後ろに押しやると、倉橋の間に収まって立ち止まってしまう。再度注意するも聞く耳を持たず、渚に静かにする様ハンドサインを送ってくる始末。そのまま集会が始まってしまえば、静寂の中でまで注意をする勇気は渚には無かった。
教師によるいつも通りのE組への嫌味を受けながら、菅谷は渚にE組一の問題児の行方を問う。間髪入れずにサボりと返して、成績優秀で素行不良なのを羨ましく思うと続ける渚に、菅谷は前で欠伸をするリンネを指差して揶揄う様な調子で笑う。
「姉ちゃんは真面目に集会出てんのにな」
「実は僕もちょっと思った」
「聞こえてるんだけど?」
スピーカーから流れる退屈な勉強賛歌に紛れて小声で交わされる雑談を、当人に聞かれているとは思わずに2人が軽く謝れば、彼女も笑って流す。
「僕だって、呼び出されなければサボってただろうしねー」
振り向かずに会話をするからか、息交じりに吐いたリンネの言葉は菅谷にまでは届かなかった様で、雑談はそこで途絶えた。聞こえてしまった渚は、呼び出しの相手がこの前の電話と同一人物なのではないかと思い当たると、ふと好奇心が首をもたげた。
「誰だと思う?」
誰に呼ばれたの? そう質問をする前に質問で返されてしまい、渚は出かかっていた息を無理矢理飲み下した。リンネがもったいぶって問いかける時は、答える気が無い時だと2年に満たない付き合いの中で知っていた渚は苦笑いで返す。踏み込んで来ない事に満足した様子のリンネも菅谷同様おしゃべりをやめる。
その後、烏間やイリーナ、更には殺せんせーまでが体育館に押し掛ける等、教師陣のおかげでE組の生徒は暗い気持ちで終わる筈だった集会を笑顔で締める事が出来た。
渚はひとりジュースを買う為に踵を返すと、目立つ赤髪が真っ直ぐ本校舎に向かうのを見つけた。やはり、彼女はA組に戻る様に言われているのだろう。優等生と呼ぶには癖の強いリンネが素直に応じるとは思っていないが、なんとなく面白くない。そう感じるのは、暗殺という共通の秘密がもたらす仲間意識によるものなのだろうか。それとも、友と呼び合った少女に何か特別な感情を抱いているのか、今の渚には区別が付かなかった。
教室へ帰る生徒達の喧騒が、遠くに聞こえる。似た壁に窓、扉。漂うコーヒーの苦い匂いが、この廊下が何処までも続いている様に錯覚させる。
苦い物は嫌いな筈なのにコーヒーの匂いを好ましく思うのは、彼がいつもその香りを纏っていたからかもしれない。
自然と止まる足に、体がこの場所への行き方を覚えてしまったなとリンネは吐き捨てる様に笑った。ノックをしようと持ち上げた手を一旦止めて、悩んだ末にそのまま開ける。
「やぁ、早かったね」
「集会とかダルいだけだし、サボって会えば良かったのにー」
「ちゃんと集まってこその集会だ。あと、列の順番は守りなさい」
「あーあー……そういうのいらない。早く戻りたいから本題行って」
ノックも挨拶も無い事を注意せず、部屋の主はわざわざ椅子から立ち上がってリンネの肩を抱くと、逃がさないと言わんばかりに奥へと誘う。
「戻る気は?」
「無い」
何度も何度も繰り返した問答にお互い譲らないと察してはいても、やめない事もわかっている。彼も彼女も頑固で強情なのだ。
「……仕方ない。君と対立するのは本意ではないのだが、これも椚ヶ丘学園の為。E組には底辺でいてもらう」
「やれるもんならやってみなよ……案外、僕が居なくても、E組のみんなならA組をやっつけちゃうかもねー?」
軽口の応酬の後、2人の視線がぶつかり合って火花を散らす。リンネは視線を逸らす事無く一際強く相手を睨むと、自身が感じている恐れや不安を打ち消す様に言葉を紡ぐ。
「誰が何と言おうと1年は僕の自由にさせてもらう。もう、成績だってどうでもいい。今だけでいいから僕は僕の欲しいものを手に入れる」
「……君は、それが何を意味するのか分かっているだろう?」
2人の物理的な距離は大して近くない。リンネは部屋の真ん中に立っていて、彼はゆっくりと窓際へと歩を進めている。話すには遠いはずの距離。それなのに、彼の吐く意味を持つ音の羅列はリンネの勇気を1枚ずつ生皮を剥がす様に彼女を攻撃する。
「輪廻さん、君が優秀なのは私が一番理解している。その才能を無駄にするわけにはいかないのはわかるね」
耳当たりの良い声がドロリドロリとリンネの耳の穴から思考を違う色に染めて行く。彼女が相手の考えが読める故の、大人への反抗に対する罪悪感。将来や家族、自分の為と言う当然な様で偽善的な飴が、甘くリンネを考えるのを止めさせて楽な方へと誘う。
「E組に在籍するのを許したのは君に自由なんて言う幻想を見せるためではない。最底辺の現実を見せ、また昔の様に真面目な君に戻ってもらう為だ」
彼女の望みなんてちっぽけで、単なる子供の我が儘であると言い切る鞭が、容赦なくリンネの心を打ち付ける。去年のリンネだったなら、もう諦めてしまっていたかもしれない程の重圧。それでも踏ん張れるのは、殺せんせーが与えてくれた終焉という希望と、カルマの熱がまだリンネに熱く痕跡を残しているから。
彼女が自分の愛や恋より大事な事だと決めた目標があるから。
「……僕はっ! E組が最底辺だとは思わない! 殺せんせーが変えてくれるあの教室を底辺なんて笑わせない! 決して、貴方にも!」
意地になって吠えているだけ。リンネは自分でもそう感じている。にも関わらず喚く声が止まらないのは、目の前の彼自身にあの教室を否定されたくなかった一心なのだろう。
「……いっそ、僕の願いが叶わないのなら、地球諸共心中しようか…………」
折れかけの心で今一度男の目を真っ直ぐに貫く。押し潰されそうな意地を拳を握る事で奮い立たせて彼の名を呼ぶ。
「ねぇ……學峯ちゃん?」
本来、1生徒がその名を気安く呼ぶ事は無いだろう、この椚ヶ丘学園の創立者。浅野學峯その人は、見るもの全てを凍らせる瞳をふわりと笑みの形に変えると、リンネから1ミリも視線を逸らさずに嗤った。
「輪廻さんがそこまで頼る殺せんせーに興味が湧いたよ。試してみようか……君の言い分と私の言い分。殺せんせーの指導と私の指導。どちらが正しいのかを……ね」
窓から差し込む光によって逆光になった影にリンネが見たのは、正しく教育の怪物だった。
通話の切れる電子音が小さく響くのを聞き遂げると、そっと耳から離した携帯電話を見つめる。リンネは胸の底に積もる言いようのないもやつきをひとつ、溜め息に変えてこぼす。
「集会かぁ……めんどくさいなぁ」
月に1度の全校集会。これがある日は、E組の生徒はわざわざ登った山を降りてまで辱めを受ける事になる。元クラスメイトの生徒にワザとらしく煽られた渚は、声を上げて嘲笑う様を黙って見ているしかなかった。「E組だから仕方ない」そんな考えが肩にのしかかって、顔を上げられないのだ。
思い込みである筈の重みが、突然ずしりと本物の質量を持つ。驚きに振り向く渚の肩には、面倒くさそうな表情を隠そうともしないリンネがのしかかってきていた。第二次成長期が来ていない――と、本人は信じている――渚よりも、頭の半分ほど背の高いリンネが肩に手を置いて体重をかければ……そのまま前に傾くのは当たり前の事である。前に並んでいた倉橋にぶつかったのを謝り倒した渚は、未だに自分の小さな背に張り付いている少女に声をかけた。
「リンネちゃんはもっと前じゃないの?」
「一番前じゃん、ヤだよ」
「イヤって……ほら、行きなよ」
置かれたというより、握り込まれていると言った方が正しいこぶしを軽く叩けば、リンネの手が肩から離れて行くのを感じて少しだけ安堵してしまう。渚だって思春期の男子であるのだから、女子に触れられれば好意の有無はどうであれ緊張するのだ。
意地でも先頭には行きたくない様子のリンネの歩は重く、渚を後ろに押しやると、倉橋の間に収まって立ち止まってしまう。再度注意するも聞く耳を持たず、渚に静かにする様ハンドサインを送ってくる始末。そのまま集会が始まってしまえば、静寂の中でまで注意をする勇気は渚には無かった。
教師によるいつも通りのE組への嫌味を受けながら、菅谷は渚にE組一の問題児の行方を問う。間髪入れずにサボりと返して、成績優秀で素行不良なのを羨ましく思うと続ける渚に、菅谷は前で欠伸をするリンネを指差して揶揄う様な調子で笑う。
「姉ちゃんは真面目に集会出てんのにな」
「実は僕もちょっと思った」
「聞こえてるんだけど?」
スピーカーから流れる退屈な勉強賛歌に紛れて小声で交わされる雑談を、当人に聞かれているとは思わずに2人が軽く謝れば、彼女も笑って流す。
「僕だって、呼び出されなければサボってただろうしねー」
振り向かずに会話をするからか、息交じりに吐いたリンネの言葉は菅谷にまでは届かなかった様で、雑談はそこで途絶えた。聞こえてしまった渚は、呼び出しの相手がこの前の電話と同一人物なのではないかと思い当たると、ふと好奇心が首をもたげた。
「誰だと思う?」
誰に呼ばれたの? そう質問をする前に質問で返されてしまい、渚は出かかっていた息を無理矢理飲み下した。リンネがもったいぶって問いかける時は、答える気が無い時だと2年に満たない付き合いの中で知っていた渚は苦笑いで返す。踏み込んで来ない事に満足した様子のリンネも菅谷同様おしゃべりをやめる。
その後、烏間やイリーナ、更には殺せんせーまでが体育館に押し掛ける等、教師陣のおかげでE組の生徒は暗い気持ちで終わる筈だった集会を笑顔で締める事が出来た。
渚はひとりジュースを買う為に踵を返すと、目立つ赤髪が真っ直ぐ本校舎に向かうのを見つけた。やはり、彼女はA組に戻る様に言われているのだろう。優等生と呼ぶには癖の強いリンネが素直に応じるとは思っていないが、なんとなく面白くない。そう感じるのは、暗殺という共通の秘密がもたらす仲間意識によるものなのだろうか。それとも、友と呼び合った少女に何か特別な感情を抱いているのか、今の渚には区別が付かなかった。
教室へ帰る生徒達の喧騒が、遠くに聞こえる。似た壁に窓、扉。漂うコーヒーの苦い匂いが、この廊下が何処までも続いている様に錯覚させる。
苦い物は嫌いな筈なのにコーヒーの匂いを好ましく思うのは、彼がいつもその香りを纏っていたからかもしれない。
自然と止まる足に、体がこの場所への行き方を覚えてしまったなとリンネは吐き捨てる様に笑った。ノックをしようと持ち上げた手を一旦止めて、悩んだ末にそのまま開ける。
「やぁ、早かったね」
「集会とかダルいだけだし、サボって会えば良かったのにー」
「ちゃんと集まってこその集会だ。あと、列の順番は守りなさい」
「あーあー……そういうのいらない。早く戻りたいから本題行って」
ノックも挨拶も無い事を注意せず、部屋の主はわざわざ椅子から立ち上がってリンネの肩を抱くと、逃がさないと言わんばかりに奥へと誘う。
「戻る気は?」
「無い」
何度も何度も繰り返した問答にお互い譲らないと察してはいても、やめない事もわかっている。彼も彼女も頑固で強情なのだ。
「……仕方ない。君と対立するのは本意ではないのだが、これも椚ヶ丘学園の為。E組には底辺でいてもらう」
「やれるもんならやってみなよ……案外、僕が居なくても、E組のみんなならA組をやっつけちゃうかもねー?」
軽口の応酬の後、2人の視線がぶつかり合って火花を散らす。リンネは視線を逸らす事無く一際強く相手を睨むと、自身が感じている恐れや不安を打ち消す様に言葉を紡ぐ。
「誰が何と言おうと1年は僕の自由にさせてもらう。もう、成績だってどうでもいい。今だけでいいから僕は僕の欲しいものを手に入れる」
「……君は、それが何を意味するのか分かっているだろう?」
2人の物理的な距離は大して近くない。リンネは部屋の真ん中に立っていて、彼はゆっくりと窓際へと歩を進めている。話すには遠いはずの距離。それなのに、彼の吐く意味を持つ音の羅列はリンネの勇気を1枚ずつ生皮を剥がす様に彼女を攻撃する。
「輪廻さん、君が優秀なのは私が一番理解している。その才能を無駄にするわけにはいかないのはわかるね」
耳当たりの良い声がドロリドロリとリンネの耳の穴から思考を違う色に染めて行く。彼女が相手の考えが読める故の、大人への反抗に対する罪悪感。将来や家族、自分の為と言う当然な様で偽善的な飴が、甘くリンネを考えるのを止めさせて楽な方へと誘う。
「E組に在籍するのを許したのは君に自由なんて言う幻想を見せるためではない。最底辺の現実を見せ、また昔の様に真面目な君に戻ってもらう為だ」
彼女の望みなんてちっぽけで、単なる子供の我が儘であると言い切る鞭が、容赦なくリンネの心を打ち付ける。去年のリンネだったなら、もう諦めてしまっていたかもしれない程の重圧。それでも踏ん張れるのは、殺せんせーが与えてくれた終焉という希望と、カルマの熱がまだリンネに熱く痕跡を残しているから。
彼女が自分の愛や恋より大事な事だと決めた目標があるから。
「……僕はっ! E組が最底辺だとは思わない! 殺せんせーが変えてくれるあの教室を底辺なんて笑わせない! 決して、貴方にも!」
意地になって吠えているだけ。リンネは自分でもそう感じている。にも関わらず喚く声が止まらないのは、目の前の彼自身にあの教室を否定されたくなかった一心なのだろう。
「……いっそ、僕の願いが叶わないのなら、地球諸共心中しようか…………」
折れかけの心で今一度男の目を真っ直ぐに貫く。押し潰されそうな意地を拳を握る事で奮い立たせて彼の名を呼ぶ。
「ねぇ……學峯ちゃん?」
本来、1生徒がその名を気安く呼ぶ事は無いだろう、この椚ヶ丘学園の創立者。浅野學峯その人は、見るもの全てを凍らせる瞳をふわりと笑みの形に変えると、リンネから1ミリも視線を逸らさずに嗤った。
「輪廻さんがそこまで頼る殺せんせーに興味が湧いたよ。試してみようか……君の言い分と私の言い分。殺せんせーの指導と私の指導。どちらが正しいのかを……ね」
窓から差し込む光によって逆光になった影にリンネが見たのは、正しく教育の怪物だった。