1章 人形使者は笑えない
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夜が明けた。宿の人間は早くにも動き始め、数時間後には槍の勇者も起きてくるだろう。
ずきり。
痛むのは体中の傷か、それとも胸か。
わたしのこの感情もきっと紛い物。反旗を翻す事ないように、勇者に対して好意を抱くよう設定されているんだ。そうでないと、わたしが彼にだけこんなにも惹かれる理由がわからない。優しくしてくれた勇者は他にもいた。女扱いなら、もっと。
白んだ空は徐々に青さを増し、小鳥が羽ばたく。空はひどく澄んでいて、わたしの胸中が醜く濁っていると嘲笑っていた。
浅くではあるが、睡眠を取って脚だけでもと歩けるまで回復をさせた。これで槍の勇者の旅を邪魔することは無いだろう。荷物が乱雑に置かれた倉庫と思われる部屋から抜け出し、知らぬ顔で槍の勇者と合流した。王女がわたしを睨んでいたが、わたしが槍の勇者に何も言わずにいるのを見ると、何事もなかったかのように彼の隣で猫を被るのだった。もちろん、槍の勇者に体の怪我について聞かれたが、王女がお得意の嘘で誤魔化し、わたしは王女を暴漢から助けた事になっていた。
「マインを助けてくれたのは感謝するけど、それでシーセが怪我したら意味ないだろ!」
王女の虚言を信じてわたしを叱る槍の勇者に、嘘で固めた謝罪ではぐらかす。心配されると喜んでしまうからやめて欲しい。槍の勇者はわたしの腕を取り、やんわりと傷を撫でる。さっきまでの責めるような目はなりを潜め、悲しそうな瞳は今にも泣いてしまうのではないかと、その頬を空いた手で包んだ。しまった。無意識に彼に触れた手を急いで離す。
「お見苦しいなら、視界に入りません。これはわたしの落ち度です。勇者様はお気になさらないでください」
「またっ……そうやって…………」
槍の勇者が小さく呟く言葉の後半は聞き取れなかった。声を詰まらせて黙り込む槍の勇者は、大きく空を仰いで深呼吸すると、いつもの顔に戻ってパーティの皆に出発を言い渡す。振り向きざまに手離されたわたしの腕が力無く落ちた。
次の村を目指して歩を進めていると、見覚えのある男が、見知らぬフィロリアルを連れているのに出会う。
槍の勇者もこちらに向かって進む荷車が盾の勇者だとわかるやいなや、ちゃちゃを入れに近づいた。そして盾の勇者が連れるフィロリアルを見た瞬間大声で笑い出した。
「ぶはっ! なんだアレ! はは、やべ、ツボにはまった。ぶわははははははっはは!」
槍の勇者に合わせて王女も笑い出す。いきなり笑われたら誰だって気に触るだろう。例に漏れず、機嫌を損ねた様子の盾の勇者が口を開く。
「いきなりなんだ。元康」
「だ、だってよ! すっげえダサイじゃないか! お前、行商でも始めたのか? 金が無い奴は必死だな。鳥もダセェーーーー!」
行商という単語に考え込む盾の勇者、腹を抱えて笑い転げる槍の勇者、馬鹿にされている事に怒り槍の勇者を睨むフィロリアル。友人であるラフタリアの姿が見えない。唯一心休まる人物の彼女を探して見渡し、珍しい色合いのフィロリアルが引く荷車で横になっているのを見つけた。不寝番でもしたのか、具合でも悪いのか、わたしは不用意に荷車に近づいた。
「グアア!」
槍の勇者を睨んでいたフィロリアルがこちらに気付き、わたしがラフタリアを傷付けると思ったのか、わたしの首根っこをその嘴で器用に咥えて引っ張り上げた。
「わたしは貴方の仲間を傷付けないと約束します。下ろして貰えますか?」
「……グア」
フィロリアルにお願いすれば、素直にわたしを地面に下ろしてくれた。お礼も兼ねて首を撫でる。本当は頭や喉元を撫でたかったが、手が届かない。フィロリアルと目を合わせると、わざわざ頭を下げて私の手が届く距離にまで近づいた。ふわふわの羽毛に両の手を伸ばし、羽の流れに沿って撫でる。時折、逆流しつつ喜ぶ箇所を探してさらに掻き撫でる。
急に、そのぬくもりが手から離れた。背中に違う温度が触れて、後ろから誰かに抱き寄せられたのかと気付くと、わたしの後ろを見つめるフィロリアルの瞳に怒りが宿る。
「シーセ、危ないから離れて」
わたしを引いたのは槍の勇者で、彼はわたしを庇うようにフィロリアルとの間に入り、盾の勇者に怒鳴った。
「尚文! ペットの躾ぐらいしっかりしろよ、シーセが怪我したらどうするんだ!」
槍の勇者の勘違いに、わたしは急いで誤解を解こうと槍の勇者の背に手を伸ばすが、その姿が一瞬で消えた。遅れて槍の勇者がわたしの上空にいると感知。視界に映る蹴り挙げられたフィロリアルの足と合わせて、槍の勇者がフィロリアルに蹴り飛ばされたという結果に辿り着く。錐揉み回転しながら後方へ飛んでいく槍の勇者。フィロリアルは立派な羽を広げると大きく雄叫びをひとつ上げ、走り去る。
わたしは怒涛の展開に対処できず、見えなくなるまで盾の勇者一行を眺めていた。叫ぶ王女も駆け寄る女達もどこか遠くて、ラフタリアは大丈夫だろうか。なんて事を考えていた。
股間を強打したという槍の勇者を連れて近くの宿へ向かう。仮にも急所を狙われたのだ、今日はもう自由行動となり、王女を除いた女性陣は各自買い物等に出かけた。王女は槍の勇者を世話でもするのだろう。邪魔だと言わんばかりに部屋の外に追い出された。
丁度いい。しばらくは王女も槍の勇者も動かないという事。部屋の前でうずくまり膝を抱えて眠りにつく。槍の勇者が怪我を見る度心を痛めるというなら、早く直してしまいたい。
砂が足りない。内部を空洞にして、外側だけでも綺麗に直せばいい。そうだ、この空洞を利用して、擬似的に肺を作ろう。これで自然な呼吸を再現できる。核の周りに装甲を付けて、脈動させてみる。心臓の様だ。
嗚呼、それでもわたしは人間にはなれない。どうやっても、わたしは人間の偽物にしかなれない。
どうやら、3時間程眠っていたらしい。
内部の改造に手間取り、肝心の外側の修理が終わらなかったが、あまり寝過ぎても何かがあった後では困る。槍の勇者はどうなったのか、確認する為に立ち上がる。
「シーセ!? どこだ!!」
上半身に何も身に着けていない槍の勇者が、勢い良く扉を開け放った。わたしが振り返り、2人の目が合う、昨晩と同じくわたしを抱き締めると、わたしの名前をもう一度呼ぶ。
「良かった、尚文にまた何かされてないか心配だったんだ」
すまない、わたしはラフタリアの心配しかしていなかった。1人で勝手に罪悪感を感じているわたしに、顔が見えるまで体を離した槍の勇者は微笑んで続ける。
「シーセは目を離すとすぐ怪我するから、傍に居てくれないと落ち着かないだろ」
胸がぎゅうっと絞られる様な感覚。核が、熱くなるのに、冷たい。わたしも傍に居たい。でも、それは許されない。だからせめて、彼が望む人間の模造品になりたい。それで他の女性達の中の1人になったとしても、いつかわたしが罰せられる時が来ても。
わたしは、貴方の愛が欲しいと思ってしまう。
卑しい人形。これ以上を望んでも、先には破滅しかないというのに。
「それは、命令ですか?」
「え、いや……違う、違うよ。お願い。これはただのお願いだ」
命令ではない事にホッとしているわたしがいる。お願い。それならば、わたしに対して強制力は無い。無いけど……。
「わたし、は……」
槍の精霊様の言葉、王女の言葉……彼の言葉。蓄積する誰かの言の葉が思考回路で渦を巻く。
「わたしは……」
どうすればいいのか思考回路は理解しているのに、体がそれを拒否する。違う、これは心だ。心が嫌がっているのだ。わたしの心が彼の傍を離れたくないとほざくのだ。
愚かだな。
「わたしは、戦う事しかできません。この体が傷付くのは避けられませんし、槍の勇者様と共に居続けるのは、難しいと思われます」
核の鼓動がうるさい。こんな物付けるべきではなかったかもしれない。
「それでもわたしは、貴方様のお傍に居ても良いのでしょうか?」
わたしはわたしで決める事ができなかった。
だから、貴方がわたしに、理由をください。
きっと貴方は笑って言うのだろう。
「もちろん」
愛しい人。
もしもわたしに自由があったのならば、貴方に永遠を捧げたい。 そう願う度、わたしは世界に縛り付けられ、二者択一を迫られる。
世界か、貴方か。
ずきり。
痛むのは体中の傷か、それとも胸か。
わたしのこの感情もきっと紛い物。反旗を翻す事ないように、勇者に対して好意を抱くよう設定されているんだ。そうでないと、わたしが彼にだけこんなにも惹かれる理由がわからない。優しくしてくれた勇者は他にもいた。女扱いなら、もっと。
白んだ空は徐々に青さを増し、小鳥が羽ばたく。空はひどく澄んでいて、わたしの胸中が醜く濁っていると嘲笑っていた。
浅くではあるが、睡眠を取って脚だけでもと歩けるまで回復をさせた。これで槍の勇者の旅を邪魔することは無いだろう。荷物が乱雑に置かれた倉庫と思われる部屋から抜け出し、知らぬ顔で槍の勇者と合流した。王女がわたしを睨んでいたが、わたしが槍の勇者に何も言わずにいるのを見ると、何事もなかったかのように彼の隣で猫を被るのだった。もちろん、槍の勇者に体の怪我について聞かれたが、王女がお得意の嘘で誤魔化し、わたしは王女を暴漢から助けた事になっていた。
「マインを助けてくれたのは感謝するけど、それでシーセが怪我したら意味ないだろ!」
王女の虚言を信じてわたしを叱る槍の勇者に、嘘で固めた謝罪ではぐらかす。心配されると喜んでしまうからやめて欲しい。槍の勇者はわたしの腕を取り、やんわりと傷を撫でる。さっきまでの責めるような目はなりを潜め、悲しそうな瞳は今にも泣いてしまうのではないかと、その頬を空いた手で包んだ。しまった。無意識に彼に触れた手を急いで離す。
「お見苦しいなら、視界に入りません。これはわたしの落ち度です。勇者様はお気になさらないでください」
「またっ……そうやって…………」
槍の勇者が小さく呟く言葉の後半は聞き取れなかった。声を詰まらせて黙り込む槍の勇者は、大きく空を仰いで深呼吸すると、いつもの顔に戻ってパーティの皆に出発を言い渡す。振り向きざまに手離されたわたしの腕が力無く落ちた。
次の村を目指して歩を進めていると、見覚えのある男が、見知らぬフィロリアルを連れているのに出会う。
槍の勇者もこちらに向かって進む荷車が盾の勇者だとわかるやいなや、ちゃちゃを入れに近づいた。そして盾の勇者が連れるフィロリアルを見た瞬間大声で笑い出した。
「ぶはっ! なんだアレ! はは、やべ、ツボにはまった。ぶわははははははっはは!」
槍の勇者に合わせて王女も笑い出す。いきなり笑われたら誰だって気に触るだろう。例に漏れず、機嫌を損ねた様子の盾の勇者が口を開く。
「いきなりなんだ。元康」
「だ、だってよ! すっげえダサイじゃないか! お前、行商でも始めたのか? 金が無い奴は必死だな。鳥もダセェーーーー!」
行商という単語に考え込む盾の勇者、腹を抱えて笑い転げる槍の勇者、馬鹿にされている事に怒り槍の勇者を睨むフィロリアル。友人であるラフタリアの姿が見えない。唯一心休まる人物の彼女を探して見渡し、珍しい色合いのフィロリアルが引く荷車で横になっているのを見つけた。不寝番でもしたのか、具合でも悪いのか、わたしは不用意に荷車に近づいた。
「グアア!」
槍の勇者を睨んでいたフィロリアルがこちらに気付き、わたしがラフタリアを傷付けると思ったのか、わたしの首根っこをその嘴で器用に咥えて引っ張り上げた。
「わたしは貴方の仲間を傷付けないと約束します。下ろして貰えますか?」
「……グア」
フィロリアルにお願いすれば、素直にわたしを地面に下ろしてくれた。お礼も兼ねて首を撫でる。本当は頭や喉元を撫でたかったが、手が届かない。フィロリアルと目を合わせると、わざわざ頭を下げて私の手が届く距離にまで近づいた。ふわふわの羽毛に両の手を伸ばし、羽の流れに沿って撫でる。時折、逆流しつつ喜ぶ箇所を探してさらに掻き撫でる。
急に、そのぬくもりが手から離れた。背中に違う温度が触れて、後ろから誰かに抱き寄せられたのかと気付くと、わたしの後ろを見つめるフィロリアルの瞳に怒りが宿る。
「シーセ、危ないから離れて」
わたしを引いたのは槍の勇者で、彼はわたしを庇うようにフィロリアルとの間に入り、盾の勇者に怒鳴った。
「尚文! ペットの躾ぐらいしっかりしろよ、シーセが怪我したらどうするんだ!」
槍の勇者の勘違いに、わたしは急いで誤解を解こうと槍の勇者の背に手を伸ばすが、その姿が一瞬で消えた。遅れて槍の勇者がわたしの上空にいると感知。視界に映る蹴り挙げられたフィロリアルの足と合わせて、槍の勇者がフィロリアルに蹴り飛ばされたという結果に辿り着く。錐揉み回転しながら後方へ飛んでいく槍の勇者。フィロリアルは立派な羽を広げると大きく雄叫びをひとつ上げ、走り去る。
わたしは怒涛の展開に対処できず、見えなくなるまで盾の勇者一行を眺めていた。叫ぶ王女も駆け寄る女達もどこか遠くて、ラフタリアは大丈夫だろうか。なんて事を考えていた。
股間を強打したという槍の勇者を連れて近くの宿へ向かう。仮にも急所を狙われたのだ、今日はもう自由行動となり、王女を除いた女性陣は各自買い物等に出かけた。王女は槍の勇者を世話でもするのだろう。邪魔だと言わんばかりに部屋の外に追い出された。
丁度いい。しばらくは王女も槍の勇者も動かないという事。部屋の前でうずくまり膝を抱えて眠りにつく。槍の勇者が怪我を見る度心を痛めるというなら、早く直してしまいたい。
砂が足りない。内部を空洞にして、外側だけでも綺麗に直せばいい。そうだ、この空洞を利用して、擬似的に肺を作ろう。これで自然な呼吸を再現できる。核の周りに装甲を付けて、脈動させてみる。心臓の様だ。
嗚呼、それでもわたしは人間にはなれない。どうやっても、わたしは人間の偽物にしかなれない。
どうやら、3時間程眠っていたらしい。
内部の改造に手間取り、肝心の外側の修理が終わらなかったが、あまり寝過ぎても何かがあった後では困る。槍の勇者はどうなったのか、確認する為に立ち上がる。
「シーセ!? どこだ!!」
上半身に何も身に着けていない槍の勇者が、勢い良く扉を開け放った。わたしが振り返り、2人の目が合う、昨晩と同じくわたしを抱き締めると、わたしの名前をもう一度呼ぶ。
「良かった、尚文にまた何かされてないか心配だったんだ」
すまない、わたしはラフタリアの心配しかしていなかった。1人で勝手に罪悪感を感じているわたしに、顔が見えるまで体を離した槍の勇者は微笑んで続ける。
「シーセは目を離すとすぐ怪我するから、傍に居てくれないと落ち着かないだろ」
胸がぎゅうっと絞られる様な感覚。核が、熱くなるのに、冷たい。わたしも傍に居たい。でも、それは許されない。だからせめて、彼が望む人間の模造品になりたい。それで他の女性達の中の1人になったとしても、いつかわたしが罰せられる時が来ても。
わたしは、貴方の愛が欲しいと思ってしまう。
卑しい人形。これ以上を望んでも、先には破滅しかないというのに。
「それは、命令ですか?」
「え、いや……違う、違うよ。お願い。これはただのお願いだ」
命令ではない事にホッとしているわたしがいる。お願い。それならば、わたしに対して強制力は無い。無いけど……。
「わたし、は……」
槍の精霊様の言葉、王女の言葉……彼の言葉。蓄積する誰かの言の葉が思考回路で渦を巻く。
「わたしは……」
どうすればいいのか思考回路は理解しているのに、体がそれを拒否する。違う、これは心だ。心が嫌がっているのだ。わたしの心が彼の傍を離れたくないとほざくのだ。
愚かだな。
「わたしは、戦う事しかできません。この体が傷付くのは避けられませんし、槍の勇者様と共に居続けるのは、難しいと思われます」
核の鼓動がうるさい。こんな物付けるべきではなかったかもしれない。
「それでもわたしは、貴方様のお傍に居ても良いのでしょうか?」
わたしはわたしで決める事ができなかった。
だから、貴方がわたしに、理由をください。
きっと貴方は笑って言うのだろう。
「もちろん」
愛しい人。
もしもわたしに自由があったのならば、貴方に永遠を捧げたい。 そう願う度、わたしは世界に縛り付けられ、二者択一を迫られる。
世界か、貴方か。