1学期
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リンネが朝起きた時には、カルマは既に家を出た後だという。殺せんせーを殺ったら話がしたいとカルマは言った。だが、リンネにはカルマが殺せんせーを殺れるとは思えず、クールを装ってはいるが意地になりやすい弟が無茶をしないかだけが心配だった。
リンネが教室に着くと、クラスの雰囲気はどんよりと重く誰もが教卓を気にしていながら目を逸らしていた。気になって自分の席から教卓を覗くと、大きなタコが教卓にナイフで磔にされていた。誰がやったかなんてリンネには考えなくてもわかる。隣の席に座るカルマを見る。カルマも、リンネを見て口を開いた。
「邪魔しないでよね。おねーちゃん」
昨日まで顔を合わせもしなかったカルマが、挑発的な笑みを浮かべて言った。都合の良い時にしか姉と呼ばない調子のいい弟は、自分の姉が甘い事を誰よりも知っている。姉と呼ばれてお願いされてしまえば、リンネに断る事など出来はしないのだ。
リンネが黙って席に座るとほぼ同時に、殺せんせーは教室に入ってきた。そして、先程のリンネと同じく教室に漂う異様な空気に疑問を抱く。
「どうしましたか皆さん?」
殺せんせーが教卓の上のタコに気付く。恐怖、不安、気まずさ、ほんの少しの好奇心。生徒達の心境は様々で、27対の眼が殺せんせーに刺さる。緊張がピンと張り詰める中、カルマが1人糸を切った。
「あ、ごっめーん! 殺せんせーと間違えて殺しちゃったぁ。捨てとくから持ってきてよ」
あからさまな挑発。数秒悩むように黙っていた殺せんせーは、言われるままにタコを持ってカルマに近付く。カルマは背中に隠したナイフを握り直して殺せんせーの心から殺すチャンスを待つ。
すると、タコを持たない触手の先がドリル状に変化した。一瞬で先日自衛隊に貰ったミサイルと何かが入った紙袋を用意すると、カルマに宣言する。
「見せてあげましょうカルマ君。このドリル触手の威力と……自衛隊から奪っておいたミサイルの火力を」
殺せんせーはそれらを使って何かを始めた。何かなんてわかるはずがない。殺せんせーは人間の知覚できるスピードで生きていないのだから。
「先生は、暗殺者を決して無事では返さない」
そう呟いた殺せんせーは、触手の1振りでカルマの口にアツアツのたこ焼きを放り込んだ。カルマはあまりの熱さに思わず吐き出す。
「その顔色では朝食を食べていないでしょう。マッハでタコヤキを作りました。これを食べれば健康優良児に近付けますね」
殺せんせーはドリルでたこ焼きを弄びながらカルマに忠告する。
「先生はね、カルマ君。手入れをするのです。錆びて鈍った暗殺者の刃を……」
作ったたこ焼きを口にして、殺せんせーは笑う。
「今日1日、本気で殺しに来るがいい。そのたびに先生は君を手入れする。放課後までに、君の心と体をピカピカに磨いてあげよう」
その姿は、正しく怪物であった。
「カルマちゃん……飲む?」
殺せんせーが出て行った教室で、リンネは未開封のジュースをカルマに差し出す。リンネなりの歩み寄りで、さっきのたこ焼きで口の中を火傷していないか心配しての行動だ。
「…………………………」
「………………いらない、か」
黙ったままのカルマにリンネは段々と自信が無くなり、ジュースを引っ込めようとした。が、その手元にはジュースは無く、カルマの手にはリンネのジュースが。姉は知っている。弟がこの煮オレという珍妙なジュースを好んで飲んでいる事を。
「……いる」
ジュースを渡して、受け取った。それだけだが、姉弟で久しぶりに交わした会話にリンネは嬉しそうに微笑む。
「なるほどブラコン……」
その2人の様子を遠巻きに見守っていた茅野がボソリとこぼす。聞いていた渚が、ね? 僕が言った通りでしょ。とでも言いたそうな目で茅野を見る。苦笑いで返す茅野はもう一度、姉弟にしてはぎこちない2人を観察する。ブラコンだからこそよそよそしい距離感に違和感を感じて焦れったくなる。
「……カルマ君も、素直になればいいのにね」
渚がこぼした言葉が茅野の耳に残った。
その日1日、カルマはたった1人で殺せんせーに挑戦した。その度にネイルアートを施され、フリフリのエプロンを着せられ、終いにはサラリーマン顔負けのピッチリとしたセンター分けに髪を整えられていた。
放課後、リンネはこっそりと撮影した弟の痴態を見て、彼の限界を感じていた。イラついた時の癖で指の爪を噛む姿すら、リンネには懐かしくも感じる。会っていない期間は、言う程長くはないのに。1人教室を出ていくカルマと、それに続く渚を眺める。
「ごめんね、カルマちゃん」
リンネにはカルマでは殺せんせーを殺せないと考えている上、その事実に安堵している自分がいる事を隠せずに。
「この恋が叶わない世界なんて滅んじゃえって。あはは、乙女チックだなぁ」
人のいなくなった教室でひとり自嘲気味に呟くのだった。
崖の上、横に伸びた木にカルマは乗っていた。先生を殺さないと進めない。ひとたび思い込んだ思考は簡単には外れず、空回りばかりする。無意識に噛んだ爪に、姉も同じ癖があったと気が逸れる。背後でクラスメイトの渚が何か言っているが適当に流して、作戦を練る。そこらの人間が引っかかる程度では駄目だ。もっと、怪物でも……いや、先生なら。先生だから。殺せる方法がある。殺ってやる。
カルマは覚悟を決める。もしもの時、姉は悲しむだろうか。そんな揺らぎを見殺しにして。
「さてカルマ君、今日は沢山先生に手入れをされましたね。まだまだ殺しに来てもいいですよ? もっとピカピカに磨いてあげます」
丁度よく、標的から近付いてきた事にカルマは顔に笑みを貼り付ける。直前まで気取られないように、この余裕がバレないように。土壇場の恐怖で体が竦まないように。
「確認したいんだけど、殺せんせーって先生だよね?」
「? はい」
質問の意図がわからない。といった様子の殺せんせーに、カルマは続ける。
「先生ってさ、命をかけて生徒を守ってくれるひと?」
「もちろん、先生ですから」
「そっか、良かった。なら殺せるよ」
銃口を殺せんせーに向けて、指先を引き金にかけた。今日一日、何度も向けたそれに、めいいっぱい殺意を乗せて。そして重力に身を投げ出した。
「確実に」
こぼした言葉は、カルマには懇願に聞こえた。
助けに来れば、救出の間に撃たれて死ぬ。カルマを見殺しにすれば、先生としての殺せんせーは死ぬ。カルマは自らの命を賭け金に、弾の全弾込められたロシアンルーレットで殺せんせーを殺してみせるつもりなのだ。
勢いよく迫る己の最期に、カルマは短い走馬灯を見た。いじめられていた先輩を庇ってA組の先輩を殴り、信じていた先生に手のひらを返された苦い記憶。それは、人は生きながら死ぬと知った日。淡い恋に身を焦がしたカルマが、自暴自棄な欲望に身を任せて姉に乱暴し、リンネの中のカルマを殺した日。
『ねぇ、これで俺はリンネの中で死んだ?』
そう、あの最悪の日にカルマはリンネに聞いた。その時リンネが言った答えの解釈に自信が持てず、今も胸に絶望が燻る。殺せんせーを殺して、一番最初にあの時の答えの意味を聞こう。だから、その為に!
「殺せんせー!! あんたは俺の手で殺してやるよ!! さぁ、どっちの『死』を選ぶ!?」
揺れる視界の中、殺せんせーはカルマすら通り過ぎた先で外側に渦を巻く様に駆けた。カルマの背は硬い地面ではなく、柔らかく弾力のある何かにぶつかり、落下を止めた。
「カルマ君、自らを使った計算ずくの暗殺お見事です。音速で助ければ君の肉体は耐えられない。かといってゆっくり助ければその間に撃たれる。」
姿を現し、考察を垂れながらカルマの行動を褒める殺せんせー。カルマは殺そうと藻掻くが、その体が自由に動く事はない。
「そこで、先生ちょっとネバネバしてみました。これでは撃てませんねぇ。ヌルフフフフフフ」
そう、カルマの体はクモの巣状に伸ばされた殺せんせーの触手にぴったりとくっついていた。何でもありの触手に憤慨し、足掻いても取れやしない。そんなカルマを見て殺せんせーは言う。
「……ああ、ちなみに。見捨てるという選択肢は先生には無い。いつでも信じて飛び降りて下さい」
真っ直ぐに目を見て話す殺せんせーに、カルマは先生として殺す事も死ぬ事も無いと悟り、力を抜いた。
崖の上まで戻って来たカルマに渚は安堵し、改めてカルマの無茶に驚くのだった。
「カルマ君、平然と無茶したね」
「別にぃ……、今のが考えてた限りじゃ一番殺せると思ったんだけど。しばらくは大人しくして計画の練り直しかな」
「おやぁ? もうネタ切れですか? 報復用の手入れ道具はまだ沢山ありますよ? 君も案外チョロいですねぇ」
煽る殺せんせーに再度殺意が湧くが、手札を出し切り全力で向けた殺意すら受け止められたのだ。憑き物が落ちた様に体は軽く、心はどこかスッキリして、思い悩んでいた事もどうにかなる気がしてきた。失敗したカルマをリンネはどう思うだろうか。きっと、笑って次は手伝うと言ってくれるに違いない。カルマの姉は、そういう人なのだから。
「ああ、おかえり。生きてたね」
カルマは渚と殺せんせーの金で遊んで帰り、帰宅一番リンネにそう言われたのだ。
「……俺が無茶するってわかってたんだ?」
「まぁね、命の1つや2つポイってするだろうなとは思ったよ」
弟が命の危機だったというのに、リビングでお菓子を食べていた姉に、自分はこの女に愛されていると自惚れてはいけないと戒めた。
「心配とかしなかったのかよ」
「しないよ、殺せんせーは生徒を死なせたりしない」
「俺より殺せんせーを信じたんだ?」
リンネはやっとテレビから目を離し、カルマの顔を見た。春先で冷える事もあるからとかけられた上着が、リンネの細い肩からずり落ちる。それを目で追い、視線から彼女の顔が見えなくなった頃にリンネは応じた。
「どっちでもいいんだよ」
顔を上げたカルマに、リンネは微笑む。
「カルマちゃんが生きてるならそれで。死んだなら死んだで、後を追うだけ」
「重いなー。でもそれってあの日言った事、自惚れていいわけ?」
「え!? 僕としては結構熱烈なプロポーズのつもりだったのに!?」
勢いよく立ち上がった拍子に落ちるお菓子を気にも止めず、近寄ってくるリンネから顔を逸らす。カルマは今自分でもわかる程、顔が紅潮しているのを感じていた。
「じゃあ、もう1度言ってあげる」
『カルマが生きているから、僕は生きているんだよ』
あの日、リンネはそう言ってカルマを抱き締めたのだ。
リンネが教室に着くと、クラスの雰囲気はどんよりと重く誰もが教卓を気にしていながら目を逸らしていた。気になって自分の席から教卓を覗くと、大きなタコが教卓にナイフで磔にされていた。誰がやったかなんてリンネには考えなくてもわかる。隣の席に座るカルマを見る。カルマも、リンネを見て口を開いた。
「邪魔しないでよね。おねーちゃん」
昨日まで顔を合わせもしなかったカルマが、挑発的な笑みを浮かべて言った。都合の良い時にしか姉と呼ばない調子のいい弟は、自分の姉が甘い事を誰よりも知っている。姉と呼ばれてお願いされてしまえば、リンネに断る事など出来はしないのだ。
リンネが黙って席に座るとほぼ同時に、殺せんせーは教室に入ってきた。そして、先程のリンネと同じく教室に漂う異様な空気に疑問を抱く。
「どうしましたか皆さん?」
殺せんせーが教卓の上のタコに気付く。恐怖、不安、気まずさ、ほんの少しの好奇心。生徒達の心境は様々で、27対の眼が殺せんせーに刺さる。緊張がピンと張り詰める中、カルマが1人糸を切った。
「あ、ごっめーん! 殺せんせーと間違えて殺しちゃったぁ。捨てとくから持ってきてよ」
あからさまな挑発。数秒悩むように黙っていた殺せんせーは、言われるままにタコを持ってカルマに近付く。カルマは背中に隠したナイフを握り直して殺せんせーの心から殺すチャンスを待つ。
すると、タコを持たない触手の先がドリル状に変化した。一瞬で先日自衛隊に貰ったミサイルと何かが入った紙袋を用意すると、カルマに宣言する。
「見せてあげましょうカルマ君。このドリル触手の威力と……自衛隊から奪っておいたミサイルの火力を」
殺せんせーはそれらを使って何かを始めた。何かなんてわかるはずがない。殺せんせーは人間の知覚できるスピードで生きていないのだから。
「先生は、暗殺者を決して無事では返さない」
そう呟いた殺せんせーは、触手の1振りでカルマの口にアツアツのたこ焼きを放り込んだ。カルマはあまりの熱さに思わず吐き出す。
「その顔色では朝食を食べていないでしょう。マッハでタコヤキを作りました。これを食べれば健康優良児に近付けますね」
殺せんせーはドリルでたこ焼きを弄びながらカルマに忠告する。
「先生はね、カルマ君。手入れをするのです。錆びて鈍った暗殺者の刃を……」
作ったたこ焼きを口にして、殺せんせーは笑う。
「今日1日、本気で殺しに来るがいい。そのたびに先生は君を手入れする。放課後までに、君の心と体をピカピカに磨いてあげよう」
その姿は、正しく怪物であった。
「カルマちゃん……飲む?」
殺せんせーが出て行った教室で、リンネは未開封のジュースをカルマに差し出す。リンネなりの歩み寄りで、さっきのたこ焼きで口の中を火傷していないか心配しての行動だ。
「…………………………」
「………………いらない、か」
黙ったままのカルマにリンネは段々と自信が無くなり、ジュースを引っ込めようとした。が、その手元にはジュースは無く、カルマの手にはリンネのジュースが。姉は知っている。弟がこの煮オレという珍妙なジュースを好んで飲んでいる事を。
「……いる」
ジュースを渡して、受け取った。それだけだが、姉弟で久しぶりに交わした会話にリンネは嬉しそうに微笑む。
「なるほどブラコン……」
その2人の様子を遠巻きに見守っていた茅野がボソリとこぼす。聞いていた渚が、ね? 僕が言った通りでしょ。とでも言いたそうな目で茅野を見る。苦笑いで返す茅野はもう一度、姉弟にしてはぎこちない2人を観察する。ブラコンだからこそよそよそしい距離感に違和感を感じて焦れったくなる。
「……カルマ君も、素直になればいいのにね」
渚がこぼした言葉が茅野の耳に残った。
その日1日、カルマはたった1人で殺せんせーに挑戦した。その度にネイルアートを施され、フリフリのエプロンを着せられ、終いにはサラリーマン顔負けのピッチリとしたセンター分けに髪を整えられていた。
放課後、リンネはこっそりと撮影した弟の痴態を見て、彼の限界を感じていた。イラついた時の癖で指の爪を噛む姿すら、リンネには懐かしくも感じる。会っていない期間は、言う程長くはないのに。1人教室を出ていくカルマと、それに続く渚を眺める。
「ごめんね、カルマちゃん」
リンネにはカルマでは殺せんせーを殺せないと考えている上、その事実に安堵している自分がいる事を隠せずに。
「この恋が叶わない世界なんて滅んじゃえって。あはは、乙女チックだなぁ」
人のいなくなった教室でひとり自嘲気味に呟くのだった。
崖の上、横に伸びた木にカルマは乗っていた。先生を殺さないと進めない。ひとたび思い込んだ思考は簡単には外れず、空回りばかりする。無意識に噛んだ爪に、姉も同じ癖があったと気が逸れる。背後でクラスメイトの渚が何か言っているが適当に流して、作戦を練る。そこらの人間が引っかかる程度では駄目だ。もっと、怪物でも……いや、先生なら。先生だから。殺せる方法がある。殺ってやる。
カルマは覚悟を決める。もしもの時、姉は悲しむだろうか。そんな揺らぎを見殺しにして。
「さてカルマ君、今日は沢山先生に手入れをされましたね。まだまだ殺しに来てもいいですよ? もっとピカピカに磨いてあげます」
丁度よく、標的から近付いてきた事にカルマは顔に笑みを貼り付ける。直前まで気取られないように、この余裕がバレないように。土壇場の恐怖で体が竦まないように。
「確認したいんだけど、殺せんせーって先生だよね?」
「? はい」
質問の意図がわからない。といった様子の殺せんせーに、カルマは続ける。
「先生ってさ、命をかけて生徒を守ってくれるひと?」
「もちろん、先生ですから」
「そっか、良かった。なら殺せるよ」
銃口を殺せんせーに向けて、指先を引き金にかけた。今日一日、何度も向けたそれに、めいいっぱい殺意を乗せて。そして重力に身を投げ出した。
「確実に」
こぼした言葉は、カルマには懇願に聞こえた。
助けに来れば、救出の間に撃たれて死ぬ。カルマを見殺しにすれば、先生としての殺せんせーは死ぬ。カルマは自らの命を賭け金に、弾の全弾込められたロシアンルーレットで殺せんせーを殺してみせるつもりなのだ。
勢いよく迫る己の最期に、カルマは短い走馬灯を見た。いじめられていた先輩を庇ってA組の先輩を殴り、信じていた先生に手のひらを返された苦い記憶。それは、人は生きながら死ぬと知った日。淡い恋に身を焦がしたカルマが、自暴自棄な欲望に身を任せて姉に乱暴し、リンネの中のカルマを殺した日。
『ねぇ、これで俺はリンネの中で死んだ?』
そう、あの最悪の日にカルマはリンネに聞いた。その時リンネが言った答えの解釈に自信が持てず、今も胸に絶望が燻る。殺せんせーを殺して、一番最初にあの時の答えの意味を聞こう。だから、その為に!
「殺せんせー!! あんたは俺の手で殺してやるよ!! さぁ、どっちの『死』を選ぶ!?」
揺れる視界の中、殺せんせーはカルマすら通り過ぎた先で外側に渦を巻く様に駆けた。カルマの背は硬い地面ではなく、柔らかく弾力のある何かにぶつかり、落下を止めた。
「カルマ君、自らを使った計算ずくの暗殺お見事です。音速で助ければ君の肉体は耐えられない。かといってゆっくり助ければその間に撃たれる。」
姿を現し、考察を垂れながらカルマの行動を褒める殺せんせー。カルマは殺そうと藻掻くが、その体が自由に動く事はない。
「そこで、先生ちょっとネバネバしてみました。これでは撃てませんねぇ。ヌルフフフフフフ」
そう、カルマの体はクモの巣状に伸ばされた殺せんせーの触手にぴったりとくっついていた。何でもありの触手に憤慨し、足掻いても取れやしない。そんなカルマを見て殺せんせーは言う。
「……ああ、ちなみに。見捨てるという選択肢は先生には無い。いつでも信じて飛び降りて下さい」
真っ直ぐに目を見て話す殺せんせーに、カルマは先生として殺す事も死ぬ事も無いと悟り、力を抜いた。
崖の上まで戻って来たカルマに渚は安堵し、改めてカルマの無茶に驚くのだった。
「カルマ君、平然と無茶したね」
「別にぃ……、今のが考えてた限りじゃ一番殺せると思ったんだけど。しばらくは大人しくして計画の練り直しかな」
「おやぁ? もうネタ切れですか? 報復用の手入れ道具はまだ沢山ありますよ? 君も案外チョロいですねぇ」
煽る殺せんせーに再度殺意が湧くが、手札を出し切り全力で向けた殺意すら受け止められたのだ。憑き物が落ちた様に体は軽く、心はどこかスッキリして、思い悩んでいた事もどうにかなる気がしてきた。失敗したカルマをリンネはどう思うだろうか。きっと、笑って次は手伝うと言ってくれるに違いない。カルマの姉は、そういう人なのだから。
「ああ、おかえり。生きてたね」
カルマは渚と殺せんせーの金で遊んで帰り、帰宅一番リンネにそう言われたのだ。
「……俺が無茶するってわかってたんだ?」
「まぁね、命の1つや2つポイってするだろうなとは思ったよ」
弟が命の危機だったというのに、リビングでお菓子を食べていた姉に、自分はこの女に愛されていると自惚れてはいけないと戒めた。
「心配とかしなかったのかよ」
「しないよ、殺せんせーは生徒を死なせたりしない」
「俺より殺せんせーを信じたんだ?」
リンネはやっとテレビから目を離し、カルマの顔を見た。春先で冷える事もあるからとかけられた上着が、リンネの細い肩からずり落ちる。それを目で追い、視線から彼女の顔が見えなくなった頃にリンネは応じた。
「どっちでもいいんだよ」
顔を上げたカルマに、リンネは微笑む。
「カルマちゃんが生きてるならそれで。死んだなら死んだで、後を追うだけ」
「重いなー。でもそれってあの日言った事、自惚れていいわけ?」
「え!? 僕としては結構熱烈なプロポーズのつもりだったのに!?」
勢いよく立ち上がった拍子に落ちるお菓子を気にも止めず、近寄ってくるリンネから顔を逸らす。カルマは今自分でもわかる程、顔が紅潮しているのを感じていた。
「じゃあ、もう1度言ってあげる」
『カルマが生きているから、僕は生きているんだよ』
あの日、リンネはそう言ってカルマを抱き締めたのだ。