1学期
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諸説あるが、夏目漱石は「ILoveYou」を日本語訳する時に「月が綺麗ですね」と言った逸話があるらしい。正式に訳したわけではないちょっとした小話なのだが、今のリンネにはそう訳した気持ちがわかる気がした。
『カルマが生きているから、僕は生きているんだよ』
リンネはカルマに確かに言った。更にはプロポーズのつもりだとも添えて。この言葉は言い換えれば「貴方がいないと生きて行けません」と取れる。そのつもりで言った。
それを告げた夜、カルマはリンネから顔を逸らすと、さっさと自室に引きこもってしまった。血の繋がった姉からのラブコールは、それ程までに気持ち悪かったのだろうか。いや、気持ち悪くて当然だ。と、リンネはずっと悩んでいた。
奥田愛美による単独の毒殺も失敗に終わり、暗殺教室は5月を目前に控え、風は旧校舎のある山にゆっくりと鮮やかな夏の気配を連れてくる。カルマの復帰で進むと思われていた双子の関係は、リンネから見て微動だにしないまま、2人の間に気まずい空気だけを残した。
「ねぇ、カルマ君。リンネちゃんと何かあったでしょ」
とある日の昼休み。どこか確信じみた物言いの渚に、カルマは飲んでいた煮オレを吹き出しかける。気管に入った煮オレに一通り咳き込むと、カルマは教室を即座に見渡してリンネが居ない事を確認する。
「……何? 渚君がプライベートに突っ込んでくるなんて珍しーじゃん」
「いやぁ……距離があるのは結構前からだったけど、ここ数日やけにリンネちゃんの事気にしてるから」
それは、1歩引いて全体を見る事に特化した渚がやっと気付ける程度の違和感だったのだが、昔の2人を知っていた渚には、良くも悪くも何かがあったのだろうと気になってしまったのだった。カルマは半分残った煮オレを飲み切って箱を潰すと、渚の方へ身を乗り出して耳打ちする。
「渚君がリンネになんか優しい事言われたらどう思う?」
渚はカルマが自分に問いかけた事に驚くと同時に、実際に自分がリンネに優しい言葉をかけられる所を想像して、項垂れた。
「…………ごめん。正直、今度は何を企んでるんだろうって思った」
「そういう事」
停学明けに実の姉からかけられた言葉にここまで警戒するのもおかしいとは思うが、相手があのリンネだと思うと警戒してもし足りないと感じてしまう渚だった。
「でも、リンネちゃんはカルマ君が思ってるよりもカルマ君の事、ちゃんと好きだと思うよ」
ぼとり。カルマが握っていた煮オレのゴミが床に落とされる。渚がカルマの表情を見る前に彼は落ちたゴミを拾い上げると渚にただ一言、ふぅん、と返した。
分かっている。カルマの目の前の少年は、リンネが言う「好き」の意味も、カルマが抱く姉への劣情も、何も知らないのだと。理解しているが、他人から告げられる好意の度合いは自分の背を押してくれているようで、裏付けの無い安堵をもたらす。
手元のゴミを弄びながら、カルマは笑う。いつもの悪魔のような笑みではなく、耳の端を赤く染めた歳相応の無邪気な笑顔で。渚は面倒で人騒がせな双子だとは思いつつ、1年生の頃からの友人達とまた、3人で遊ぶ日を望んで笑顔を返すのだった。
次の日、突如現れた臨時講師のイリーナ・イェラビッチに、教室はにわかに騒がしくなる。もちろん、巨乳で美人なお姉さんが来たからではなく、彼女が只者ではない気配を察して、である。触手の怪物のくせに色仕掛けに引っかかる担任の姿は、生徒達だけでなく暗殺者であるイリーナにも戸惑いを与えた。
烏間とイリーナが校舎の外で暗殺に励む生徒達を眺めていると、イリーナはおもむろに煙草を取り出して火を着ける。するといつの間に来たのか、リンネが窓の外からノックして来た。動く気配の無いイリーナに代わり、烏間が立て付けの悪くなった木製の窓を開ける。
「どうした?」
「いんや、窓辺にたむろう不良講師に言いたい事があって」
言い終わると、リンネはイリーナを見据える。急に2人の注目が集まったイリーナは、居心地が悪そうにリンネを睨み返す。彼女の視線が自分と交わったのを確認したリンネは、年月の経った木造校舎の板をコツコツと軽く叩くと、イリーナの口元にある火種を戒めた。
「見ての通りオンボロな木でできてるからさぁ、火気厳禁なんだよ」
「あら、こんな犬小屋に入った事なかったから気が付かなかったわ。ごめんなさいね」
「あは、さすが男にケツ振るだけの雌犬は言う事が違う。きっといい小屋を貰ってんだね」
「殺すわよ、クソガキ」
「殺ってみろよ、年増」
売り言葉に買い言葉。ヒートアップする2人の言い合いに、烏間は慌てて止めに入る。まだ出会って間も無いが、烏間はリンネがカルマ程血の気が多くもなければこんな不用意な行動はしない人間であると認識していた。その彼女が明確な敵意を持ってイリーナを攻撃する事に、驚きを隠せない。
「やめるんだ、意味の無い争いは労力の無駄だろう。赤羽さん、煽るような真似はよして暴言を謝るんだ」
「ヤダね! コイツ倉庫を改造しやがった。次は職員室か? 教室か? ここを壊すなら僕の敵だ!」
喚くリンネを窓越しに抑えて烏間は続ける。
「倉庫の改造は政府からも学園の理事長からも許可を得ている。この校舎はあの怪物が来てしまった時点で戦場となったんだ。思う所はあるだろうが、飲み込んでくれ」
教師として触れ合った機会はあれど、烏間はリンネをよくは知らない。クラスでは自ら輪の外に離れ、訓練には意欲的だが暗殺には非協力的。1年、2年時に学年トップだった成績優秀者。だが、2年の後半はろくに登校せず、テストも白紙提出を繰り返した結果、このE組に来た経歴を持つ。そんな表面上の情報だけが、烏間の知る赤羽輪廻だった。
望んでE組に来た。そう思わせる行動の数々、校舎を守る姿勢、理由はどうであれ彼女が心からここを大切に思っている事は明白である。だからこそ、烏間は適当に流したくはなく、リンネに許容を促す。
「烏間さん、わかってるよ! でも仕方ないと理解してても、許せない事はある!」
「それを理解していないと言うんだ。君が今ここを守った所で、暗殺対象が地球を爆破させてしまえば何も残らない。この場所自体を守る為にも、多少の我慢は必要だ。わかるな」
烏間の言葉に反論できずに俯くリンネ。その胸中は熱く、怒りに濁っている事が伺える。それを言われた通りに飲み込もうとする姿は、痛々しくも感じられる。
「ふん。自分の遊び場荒らされて癇癪起こすようじゃあ、ガキを通り越して赤ん坊ね。暗殺は遊びじゃないの、邪魔をするなら本当に殺すわよ」
冷たく浴びせられるイリーナの殺意に、リンネは拳を強く握る。体を震えさせる恐怖なんかよりも、小さな校舎ひとつ守れない自分に心底嫌気が差したからだ。リンネがここに来た意味を、リンネがここを守りたい理由を、知っているのは彼女自身だけ。ならば、荒れ狂う感情も泣き出したい思い出も全部眠らせて自分ができる限りの事をやるしかない。動けないでいるリンネに、窓から伸ばされた烏間の手が肩を叩く。
「壊されたり改造された箇所は絶対に直すと誓おう」
「………………うん、ごめんね烏間さん。ちょっとアツくなり過ぎちゃった。今色々悩んでて……ありがとう」
「すまない。……君は大人だな」
顔を上げたリンネに怒りの色も涙も無い。いつかの本校舎で烏間が見た、双子の弟にそっくりな飄々とした表情がそこにはあった。
「ううん、僕はクラスの誰よりも子供だよ。子供でいたいんだ」
だがその声色は酷く淡々としていて、どこか背筋をゾッとさせる狂気を孕みながら言い詰める。
「ずっとずっと、僕の世界が終わるまで、ね」
走り去るリンネの後ろ姿を見送った烏間は小さく息を吐いて、彼女の不安定さがいつか身を滅ぼすのではないかという疑念が杞憂で終わる事を祈った。
『カルマが生きているから、僕は生きているんだよ』
リンネはカルマに確かに言った。更にはプロポーズのつもりだとも添えて。この言葉は言い換えれば「貴方がいないと生きて行けません」と取れる。そのつもりで言った。
それを告げた夜、カルマはリンネから顔を逸らすと、さっさと自室に引きこもってしまった。血の繋がった姉からのラブコールは、それ程までに気持ち悪かったのだろうか。いや、気持ち悪くて当然だ。と、リンネはずっと悩んでいた。
奥田愛美による単独の毒殺も失敗に終わり、暗殺教室は5月を目前に控え、風は旧校舎のある山にゆっくりと鮮やかな夏の気配を連れてくる。カルマの復帰で進むと思われていた双子の関係は、リンネから見て微動だにしないまま、2人の間に気まずい空気だけを残した。
「ねぇ、カルマ君。リンネちゃんと何かあったでしょ」
とある日の昼休み。どこか確信じみた物言いの渚に、カルマは飲んでいた煮オレを吹き出しかける。気管に入った煮オレに一通り咳き込むと、カルマは教室を即座に見渡してリンネが居ない事を確認する。
「……何? 渚君がプライベートに突っ込んでくるなんて珍しーじゃん」
「いやぁ……距離があるのは結構前からだったけど、ここ数日やけにリンネちゃんの事気にしてるから」
それは、1歩引いて全体を見る事に特化した渚がやっと気付ける程度の違和感だったのだが、昔の2人を知っていた渚には、良くも悪くも何かがあったのだろうと気になってしまったのだった。カルマは半分残った煮オレを飲み切って箱を潰すと、渚の方へ身を乗り出して耳打ちする。
「渚君がリンネになんか優しい事言われたらどう思う?」
渚はカルマが自分に問いかけた事に驚くと同時に、実際に自分がリンネに優しい言葉をかけられる所を想像して、項垂れた。
「…………ごめん。正直、今度は何を企んでるんだろうって思った」
「そういう事」
停学明けに実の姉からかけられた言葉にここまで警戒するのもおかしいとは思うが、相手があのリンネだと思うと警戒してもし足りないと感じてしまう渚だった。
「でも、リンネちゃんはカルマ君が思ってるよりもカルマ君の事、ちゃんと好きだと思うよ」
ぼとり。カルマが握っていた煮オレのゴミが床に落とされる。渚がカルマの表情を見る前に彼は落ちたゴミを拾い上げると渚にただ一言、ふぅん、と返した。
分かっている。カルマの目の前の少年は、リンネが言う「好き」の意味も、カルマが抱く姉への劣情も、何も知らないのだと。理解しているが、他人から告げられる好意の度合いは自分の背を押してくれているようで、裏付けの無い安堵をもたらす。
手元のゴミを弄びながら、カルマは笑う。いつもの悪魔のような笑みではなく、耳の端を赤く染めた歳相応の無邪気な笑顔で。渚は面倒で人騒がせな双子だとは思いつつ、1年生の頃からの友人達とまた、3人で遊ぶ日を望んで笑顔を返すのだった。
次の日、突如現れた臨時講師のイリーナ・イェラビッチに、教室はにわかに騒がしくなる。もちろん、巨乳で美人なお姉さんが来たからではなく、彼女が只者ではない気配を察して、である。触手の怪物のくせに色仕掛けに引っかかる担任の姿は、生徒達だけでなく暗殺者であるイリーナにも戸惑いを与えた。
烏間とイリーナが校舎の外で暗殺に励む生徒達を眺めていると、イリーナはおもむろに煙草を取り出して火を着ける。するといつの間に来たのか、リンネが窓の外からノックして来た。動く気配の無いイリーナに代わり、烏間が立て付けの悪くなった木製の窓を開ける。
「どうした?」
「いんや、窓辺にたむろう不良講師に言いたい事があって」
言い終わると、リンネはイリーナを見据える。急に2人の注目が集まったイリーナは、居心地が悪そうにリンネを睨み返す。彼女の視線が自分と交わったのを確認したリンネは、年月の経った木造校舎の板をコツコツと軽く叩くと、イリーナの口元にある火種を戒めた。
「見ての通りオンボロな木でできてるからさぁ、火気厳禁なんだよ」
「あら、こんな犬小屋に入った事なかったから気が付かなかったわ。ごめんなさいね」
「あは、さすが男にケツ振るだけの雌犬は言う事が違う。きっといい小屋を貰ってんだね」
「殺すわよ、クソガキ」
「殺ってみろよ、年増」
売り言葉に買い言葉。ヒートアップする2人の言い合いに、烏間は慌てて止めに入る。まだ出会って間も無いが、烏間はリンネがカルマ程血の気が多くもなければこんな不用意な行動はしない人間であると認識していた。その彼女が明確な敵意を持ってイリーナを攻撃する事に、驚きを隠せない。
「やめるんだ、意味の無い争いは労力の無駄だろう。赤羽さん、煽るような真似はよして暴言を謝るんだ」
「ヤダね! コイツ倉庫を改造しやがった。次は職員室か? 教室か? ここを壊すなら僕の敵だ!」
喚くリンネを窓越しに抑えて烏間は続ける。
「倉庫の改造は政府からも学園の理事長からも許可を得ている。この校舎はあの怪物が来てしまった時点で戦場となったんだ。思う所はあるだろうが、飲み込んでくれ」
教師として触れ合った機会はあれど、烏間はリンネをよくは知らない。クラスでは自ら輪の外に離れ、訓練には意欲的だが暗殺には非協力的。1年、2年時に学年トップだった成績優秀者。だが、2年の後半はろくに登校せず、テストも白紙提出を繰り返した結果、このE組に来た経歴を持つ。そんな表面上の情報だけが、烏間の知る赤羽輪廻だった。
望んでE組に来た。そう思わせる行動の数々、校舎を守る姿勢、理由はどうであれ彼女が心からここを大切に思っている事は明白である。だからこそ、烏間は適当に流したくはなく、リンネに許容を促す。
「烏間さん、わかってるよ! でも仕方ないと理解してても、許せない事はある!」
「それを理解していないと言うんだ。君が今ここを守った所で、暗殺対象が地球を爆破させてしまえば何も残らない。この場所自体を守る為にも、多少の我慢は必要だ。わかるな」
烏間の言葉に反論できずに俯くリンネ。その胸中は熱く、怒りに濁っている事が伺える。それを言われた通りに飲み込もうとする姿は、痛々しくも感じられる。
「ふん。自分の遊び場荒らされて癇癪起こすようじゃあ、ガキを通り越して赤ん坊ね。暗殺は遊びじゃないの、邪魔をするなら本当に殺すわよ」
冷たく浴びせられるイリーナの殺意に、リンネは拳を強く握る。体を震えさせる恐怖なんかよりも、小さな校舎ひとつ守れない自分に心底嫌気が差したからだ。リンネがここに来た意味を、リンネがここを守りたい理由を、知っているのは彼女自身だけ。ならば、荒れ狂う感情も泣き出したい思い出も全部眠らせて自分ができる限りの事をやるしかない。動けないでいるリンネに、窓から伸ばされた烏間の手が肩を叩く。
「壊されたり改造された箇所は絶対に直すと誓おう」
「………………うん、ごめんね烏間さん。ちょっとアツくなり過ぎちゃった。今色々悩んでて……ありがとう」
「すまない。……君は大人だな」
顔を上げたリンネに怒りの色も涙も無い。いつかの本校舎で烏間が見た、双子の弟にそっくりな飄々とした表情がそこにはあった。
「ううん、僕はクラスの誰よりも子供だよ。子供でいたいんだ」
だがその声色は酷く淡々としていて、どこか背筋をゾッとさせる狂気を孕みながら言い詰める。
「ずっとずっと、僕の世界が終わるまで、ね」
走り去るリンネの後ろ姿を見送った烏間は小さく息を吐いて、彼女の不安定さがいつか身を滅ぼすのではないかという疑念が杞憂で終わる事を祈った。