御剣+信楽
午後1時過ぎた、ある日。御剣は信楽と検事局から近いレストランに訪れていた。
理由はカンタン。偶然に裁判所の廊下でバッタリ信楽に出会し、昼食でもどうかと誘われたからである。裁判も終わり、昼はどうしようかと持て余していた御剣に断る理由はなく。二つ返事で了承したのだった。
ちょうど昼時を迎えているレストランは人の出入りが途切れず、賑わいを見せている。何気なく御剣がその様子をぼんやり眺めていると信楽はそうだ! と手を叩いた。
「ちょっと単純なゲームをしようか。」
いいでしょ? レイジくん、と抜け目ない笑顔を浮かべて信楽が提案する。注文した料理が来るまでの暇つぶしか何かだろう。おそらく彼は待つ時間を持て余したに違いない。そう考えた御剣は乗り気ではないものの、静かに頷き了承した。
「ゲームと言うのは?」
「うーん、そうだねえ。日本人なら知ってる“丁半”なんてどうかな。」
どう、と提案しておきながら信楽は水を飲み干して空になったグラスを拭き、6面体のサイコロを2つ取り出して着々と準備を進める。
「‥‥それは一般的なサイコロですか?」
「お。レイジくん、疑ってるねー? でも残念。なんの変哲もない普通のサイコロだよ。」
ほら、と信楽はサイコロをくるくると回して見せる。どうも彼のその様が、マジシャンが種も仕掛けもないと前置きをする様子に似ており御剣は疑念に満ちた目を向けた。
「‥‥オジサンって、そんな信用ないかな。」
傷つくなぁ、と信楽は大げさにボヤいて肩をガックリと落とす。
(そのコミカルな動きがウソっぽさを煽っているのだが‥‥気づいていないのだろうか?)
そこまで思い、いや、と御剣は否定した。彼は分かっていて行動している。だから余計にタチが悪いのだ。思わず苦笑しながら信楽の行動を見つめる。
「グラスは透明だけど小さいからね。この大きさなら手で覆えば隠れるでしょ。」
ニコニコと笑いながら手に持っていた2つのサイコロをグラスの中に入れると、カラカラと音を立てて振った。そしてある程度振ったところで、飲み口を下向きにして机に置く。
「さあ、丁か半か。張った張った!」
信楽は心底楽しんでいるようで、ニカニカと明るい笑顔を見せながら威勢よく壺振りを演じる。
「‥‥信楽さん、横の面が見えていますよ。」
「おっと! それはいけない。」
御剣の忠告を少しオーバーに受けて信楽は中が見えないよう手のひらで覆って隠した。
「レイジくん、サイコロの上の面見ちゃった? なら今下になっている面、伏せてる面が丁か半か答えてね。」
尚も崩れない信楽の笑顔を見ながら、御剣は指を動かして考える。
――偶数か奇数か。通常ならばその確率は半々である。しかしと御剣は先ほど見えた面を思い返す。1つは6が上に見えた。そしてもう1つのサイコロには横に2の目。
(一般的に考えるならば、サイコロは常に対局に位置する数字の和が7になる。つまり、6が見えたサイコロの裏は1。2が見えたサイコロの方は‥‥2が描かれた点の方向から推測するに、伏せられた目は4だ。)
“2”を表す点2つが右上と左下にあったことを思い出し、御剣は確信する。つまり、1と4の組み合わせ。それは奇数になる。
「半。」
迷い無く言い切ると、どこまでも壺振りになりきっている信楽は「丁はいないか?」とけしかけて煽る。もちろん、御剣はそれには乗らず、信楽の行動を黙って見つめた。サイコロをコロリと転がして裏返すと、場には1と3の目が現れた。
「サンミチの丁! ザンネ~ン。」
「なっ‥‥!」
そんなはずはないと御剣はサイコロを凝視する。自分のロジックは完璧だったはず。なのにコレはどういうことかと考える御剣とクスクス笑う信楽の元にオーダーした料理が届いた。さあ、食べようかと信楽は言って、箸を割るが当の御剣は心ここにあらずで食事よりも今起きた出来事に頭を悩ませていた。
「もう一度しませんか。」
納得がいかない面持ちで再戦を申し込む御剣に信楽は微笑んで頷く。
――見たままが真実なわけじゃない。そして、見える全てのものが本当を示すとも限らないんだよ。
そう師が教えてくれた言葉を信楽は思い出して薄く笑った。
(さて、レイジくんはいつ気づくかな。)
信楽は出来た楽しみにニヤニヤと笑って、グラスにサイコロを入れて振る。
(こんなことくらいでムキになっちゃって‥‥本当に可愛いよね。レイジくんは。)
小さい頃と変わらない負けず嫌いな御剣が愛しくなり思わずクスッと微笑んで言った。
「さあ、丁か半か?」