糸鋸+美雲+御剣
「あー! またバストしたッス!」
3枚めに配られたカードで規定の21を超えた糸鋸は頭を抱えて叫んだ。そんな彼の悲痛な様子を見た美雲は心底楽しそうにクスクスと笑う。
「ほんとに弱いなぁ。ノコちゃんは。」
言いながら彼女は糸鋸の右横にポツンと置かれていたせんべい一枚を取ると、再びカードを2枚配り始めた。
そう。彼らは今ブラックジャックを楽しんでいる。ディーラーは美雲。賭けているのはチップではなく、せんべいだ。
「うぅ、合計12ッスか‥‥。」
たった今配られた2枚のカードの合計の数を数えた糸鋸は唸り、頭を悩ませる。一方、余裕のある美雲はニコニコと満面の笑みを浮かべて尋ねた。
「ヒットする? スタンドする?」
カードを1枚引くか、カードを引かずこのまま12で勝負に出るか。急かすように、早く早くと美雲は運命を変えるその2択を迫る。しかし、賭けるべきせんべいが残りあと1枚になってしまっている糸鋸は必死に頭を働かせ手札のカードを睨みつけた。彼にとって、これは食べ物が獲れる大チャンスなのだ。慎重に考えを巡らせ、カードをヨむ。
‥‥エース、2から9の間が来れば21の間で収まり問題はない。しかし、そんな都合よく上手くいくだろうか。カードを1枚引いて21を超えたらアウトなのだ。ならば、勝負を賭けるよりココで止めておくべきだろう。そう判断した糸鋸は意を決して口を開いた、その時。
「待て。」
すっかり傍観者で居た御剣が見かねて糸鋸の発言を遮った。
「美雲くんが最初に言っていただろう。ディーラーは17以上になるまで必然的にカードを引き続けるルールなのだと。‥‥忘れたのか?」
たしかに最初のルール説明で美雲はそう言っていた。糸鋸も聞いていたが、だからと言って改めてその説明をされた意図が分からず御剣を見つめる。
「ディーラーである美雲くんは17から21の間、もしくは21を超えたバストの手しか存在しないのだ。」
「そうなるッスね。」
「‥‥言い換えよう。美雲くんの手は確実に17以上を超えるのだ。つまり、16より下の数でスタンドした時点でキミの勝ちはないのだよ。」
美雲がバストしてもこの1ゲームが流れ、自分の賭けた分のチップ‥‥もとい、せんべいが戻ってくるだけで糸鋸に得はない。故にカードを引かない、スタンド行為はほぼ負けの線が濃くなる。
ブラックジャックはただ単に各個人が21に近づける自分の中で闘うゲームではない。ディーラーよりも他のプレイヤーよりも、1でも多く上回り21に近づける全員が敵のゲームなのだ。
「ヒットッス!」
御剣の意見を聞いた糸鋸は迷うことなく、すぐさま選択をした。ネタバラシをされた美雲は文句を言いたそうな目で御剣を見やり、渋々カードを1枚糸鋸に配った。
「ああ! 越えちまったッス!」
やって来たカードはスペードのキング。これでカードの合計は26になり、糸鋸の負けが確定した。嘆き悲しむ糸鋸とは対照的に、運が味方した美雲は両手を上げて喜びをいっぱいに体現する。
「‥‥まあ、確率論だからな。」
肩を落とす糸鋸からそっと目線を外した御剣はそう小さく呟く。元はと言えば、せんべいを賭けるほどにまで生活を追い詰めてしまった自分にも非があるだろう。
(この紅茶を飲み終わったらご飯でもご馳走するか‥‥。)
そんなことをぼんやり思い、ティーカップを口に運んで静かに微笑んだ。