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成+真+春
『あたし、花札で負けたことないんだ。』
――そう言って微笑んだ真宵ちゃんの言葉にぼくは冗談だろと笑った。
疑うぼくに彼女は「じゃあ、やってみる?」と挑戦状を叩きつけたもんだから、ぼくはあえてノって売られた勝負を買った。だって、負けたことがないなんてあり得るはずがないじゃないか。
‥‥だけど、今。まさに今。ぼくはその言葉の重みを知った。
「なるほどくん。もうラストだよ。」
嬉々とした弾んだ声で真宵ちゃんが言った。まあ、そりゃそうか。ぼくが51文に対して真宵ちゃんは82文。彼女にはほぼ勝ちが見えていて、ぼくはかなり追い込まれている状態なのだから。‥‥こんなことなら、1文=10円なんて言わなきゃよかったよ。
「真宵さま。お強いのですね。」
そう真宵ちゃんをヨイショする彼女は春美ちゃん。真宵ちゃんのいとこだ。彼女はゲームが始まった初っ端から真宵ちゃんを応援していた。そのせいでぼくは精神的にもアウェーだったりする。
「‥‥春美ちゃんを使ってズルしてるんじゃないの?」
「そんなことしないよ! あたし、なるほどくんとは違うもん。」
一言余計だっ!
先日、真宵ちゃんと遊んだポーカーでぼくが春美ちゃんを使ってイカサマをしたことをまだ怒っているらしい。
「じゃあ、あたしからいくよー。」
言うな否や彼女はさっそく場に出ている桜の五光を奪っていった。
ぼくは31文以上を稼がなければ真宵ちゃんには勝てない。彼女より早く役を作り“こいこい”をして得点を増やしていくしか手はない。手札と場に出ている札をしばし睨みつけて、ぼくは坊主の五光を手に入れる。
「あー、五光狙ってたのに。」
残念そうに言って彼女は肩を落として少し落ち込んだ。
五光はもちろん、三光と花見の道も潰していくつもりだよ、真宵ちゃん。たぶん彼女は役が出来次第、こいこいをすることなく終ろうとするはずだ。単に勝ち逃げするんじゃなく、なるべく高い手で上がろうと狙ってくるだろう。
(そんなことはさせない!)
その一心で、交互に札を取っていく。そして真宵ちゃんが初めて捨て札を出した。菊のカスだ。ぼくの手札には菊に盃がある。思わずニヤニヤと笑いを浮かべてぼくは戸惑いなく菊を取った。
「月見で一杯。」
役が完成したぼくは得意げに言ったあと、すぐに続けた。
「こいこいだ!」
それから数ターン、ぼくは運の波に乗っていた。タンを完成させ、次には青短が出来て‥‥やっぱり土壇場には強いんだなー、ぼくって。
三光と猪鹿蝶の道は真宵ちゃんに上手く邪魔をされちゃったけど、ぼくは既に赤短を2枚取っている。
今、真宵ちゃんが山札から引いて桜の赤短を場に出したから、ぼくは手札にある桜のカスでそれを取ればいい。そうすれば赤短完成。さらに赤青短冊の重複で得点追加。ぼくは合計で52文になる。
合わせることが出来なかった真宵ちゃんが再び山札から引いて、カスとタネを取っていった。
(計画通り。)
ニヤニヤと笑いがこみ上げて止まらない。もう勝利は目前で、1030円がもうじきぼくの手に入るんだと思うと嬉しくて心が躍る。
ごめんね。真宵ちゃん。きみの負け知らずの伝説をぼくが砕いちゃって。いやー、ホント申し訳ないねぇ。
「なるほどくん。カス出来た。」
‥‥‥‥。
突きつけられた現実についていけないぼくに、ほらと10枚揃った札を見せた。瞬時にサーッと血の気が引いていく。
真宵ちゃん、役完成。10文。こいこいで続行しているゲームだから、得点は‥‥2倍。つまり、えーっと、ぼくは‥‥。
「なるほどくんの負けー。」
「わあ! さすがです、真宵さま!」
勝利の喜びに2人がキャッキャッと盛り上がっている。
ウソだ! これは何かの陰謀だろ! こんなの、こんなのって‥‥あんまりだ。あんなにツキがぼくに巡ってきていたじゃないか。
負けた理由が分からず、落ち込んでいると真宵ちゃんが言った。
「なるほどくん。花札はね‥‥いかに相手を躍らせるかなんだよ。」
そう言って彼女はニヤリと笑う。その言葉に思い当たる節があったぼくはハッとした。
ま、まさか‥‥っ。もし、もしも。ぼくが役の芽を摘み取ったからカスしか取れなかったんじゃなく、元よりカスしか狙っていなかったんだとしたら‥‥?
ぼくがこいこいをすることも高い手を狙うことも誰が見ても明らかで、自然とぼくはたった1つの戦法しかない状況に流されていたんだ。つまり、ぼくは‥‥。
「12月が始まる前から負けていたんだ‥‥。」
綾里真宵、恐るべし。
ぼくはガックリとうなだれ、渋々財布を取り出した。
彼女と遊ぶのはもう今回限りだと心に決めて。
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