逆転/企画・AtoZ
パァァン、とその軽い音に反して罪は重い発砲音が響き、男の腹を貫いた。銃を持っていた男はわなわなと全身を震わせ、やってしまったことの恐れからか冷や汗を流しながら後ずさりをした。その表情は余裕の無い笑みを浮かべている。
『ざまぁ、みやがれ!』
そう吐き捨てるや否や、うずくまる男をそのまま置いて走り去って行った。
『クッ‥‥ッ。オレも、ここまでか。』
腹部からは血を流し、男は呟いた。次第に抜け始める力を振り絞って、愛用するジッポとタバコを手にすると口元に運び火をつける。大きく吸い込んで、細く長く煙を吐き出すと彼は口角を上げて何度も口にした言葉をハッキリした声で呟く。
『やっぱり‥‥ウマい、ぜ。』
もう一口味わおうと運んだ指先から火のついたタバコがポロリと落ちると、男の体がよろめき前に倒れた。
‥‥というのが、私が今、糸鋸刑事と見ているドラマである。物語はクライマックスを迎え、男――刑事の殉職シーンが流れているのだ。倒れた役者に合わせて、悲痛で虚しい音楽が流れ出すと隣にいる糸鋸刑事が体を震わせて感動している。どこが良かったのか、果たして泣きドコロはあったのか、私にはサッパリ分からない。
「くぅぅッ! やっぱりイイッス。月に叫べシリーズはサイコーッス!」
ドラマを見終わると、糸鋸刑事は拳を作りながら熱弁する。楽しいか? と水を差すようなマネはしないが、そこまで盛り上がる気持ちは到底理解出来そうもない。私が“検事”だからだろうか?
「そういえば、キミは刑事ドラマに憧れていると言っていたな。」
いつだったか、彼に刑事を目指したキッカケを尋ねたことがあった。そのとき、いつかはドラマのようにカッコよくキメてみたいと語っていたのも記憶している。おそらくコレが、刑事が思う“カッコよくキメた姿”の1つなのだろう。だから、こんなにも興奮し感動しているに違いない。
「ハイッス! “動くな!”も言ってみたいッスけど、殉職はアコガレッス。」
「‥‥‥‥」
ニコニコと笑い、目を輝かせて言う彼に私は言いようのない不快感がジワジワと心の内に広がっていく。‥‥なんだ。このモヤモヤしたザラリとする気持ちは。しかし、私の気持ちを微塵も感じていない糸鋸刑事は続けて嬉々として語る。
「自分としては、アレッス。“アンタを確実にハメツさせることができるなら世の中のため‥‥自分は喜んで死を受け入れるッス!”と言ってみたいッスね。」
すでに死ぬ間際の言葉を考えているらしい刑事の顔は、子供が将来の夢を無邪気に話す姿に似ていた。
「‥‥‥‥」
たかが理想ではないか。彼は夢を語っているだけで、本当にそうなって欲しいと心から望んでいるわけではない。戦隊モノのヒーローになりたいと、なれるワケがないと分かっていながらも口にする夢と同じようなものだ。分かってる。分かっているじゃないか。それに、命を賭けてまで刑事という仕事を誇りに思っている彼を私は検事として見習うべきだろう。
‥‥理解はしているつもりなのだが。
「やっぱり、名誉ある死はカッコイイと思うッス! ねー、御剣検事。」
賛同を得ようと高揚した調子で言う刑事が、何故かカチンと頭にきた。
「どこが名誉だ。」
夢を見てふわふわしている彼とは対照的に、私はキッパリと冷たく言い放った。この反感を口にしたせいか、引き金になり刑事に対する苛立ちや不快感が心の中でじわじわと滲んで止まらない。
「死が名誉だとは実にくだらない。」
そう、バカげている。刑事ならば、罪に立ち向かうことこそが名誉だろう。
「け、検事‥‥?」
刑事は眉を八の字にし、困った顔で伺い見ている。刑事にしてみれば夢を語っていただけのに、急に不機嫌になった私に困惑しているのだろう。だが一度溢れ出した気持ちは止まらないのだ。
「もう、イヤなのだ。」
「え?」
「誰かの罪で、大事な人を失うなんて二度と経験したくはない。」
もしかしたら、そんな日がまた訪れるのではないかという不安が私はただただ怖いのだ。あの無気力な喪失感、一生味わいたくない苦痛だ。
「‥‥すまねッス。自分、検事の気持ちも考えないで軽はずみに言ってたッス。」
彼はもう一度、すまねッスと謝るとそっと頬に唇を寄せた。この甘くて優しい愛情を失うかと思うと想像するだけでゾッとする。刑事である彼を愛したときから覚悟はしていたのだ。だが、出来ればそれは避けたいのだ。
糸鋸刑事。知ってるだろう? もう私が1人では生きられなくなってしまったことに。
「もう言わねッス。今日から自分は御剣検事の相棒として生きることを夢と目標にするッス!」
敬礼しながら、そう言って明るく笑うに私も微笑んで彼の胸に頭を預けた。
‥‥名誉の死なんてものに、キミを取られてたまるか。
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