ノコミツ 拍手文log
「♪幸せなら手を叩こ!」
「‥‥何をしている。刑事」
いきなり歌い出し、さらには手を叩き出した男を私は訝しげに見て尋ねた。
「あれ? 御剣検事は知らないッスか?」
知らないわけがない。誰でも耳にしたことがあるものだ。歌詞も意味もよく理解している。私自身、まだ幼い頃に習ったものでもある。しかし――。
「何故、今なのだ。」
そう。何故この瞬間なのかということだ。周りは大勢の一般人が花見で大いに盛り上がっている。かく言う私たちは、というより私は――刑事の巡回の付き添いだ。
そうなのだ。私は非番とは言え、こうして刑事と歩いていても仕事になってしまう。‥‥暇を持て余して来ただけなので給料を頂く気はないが。そもそも、仕事中の刑事が何故楽しんでいるのだ。集中の“し”のカケラもないのではないか‥‥?
「幸せじゃないッスか! だって‥‥。」
桜が綺麗ッスよ、といつものニカニカと明るく笑う様子に少なからずカチンと来る。
確かに綺麗だ。風情もあって素晴らしい。それは認める。しかしだな。
「あ、あれ? 御剣刑事、泣いてるッスか?」
私の顔を見た刑事が動揺し、慌てふためく。
「な、泣いてなどない! これは‥‥!」
花粉症だ、と言いかけて、やめた。どういうわけかは知らんが、何やら負けた気がしてならない。
「‥‥季節性アレルギー性鼻炎だ。」
結局のところ、花粉症の正式名称なだけで本質は変わらない気がするが。
「きせつせーアレルギーせーびえん?」
やはり、分からなかったか。いつもならば察しの悪い刑事に怒るところだが、今日ばかりは都合がいい。勝負には負けたが、中身では勝ったというような体には持っていける。‥‥いささか不本意ではあるが。
「そうだ。‥‥だからこの季節に出歩くのは余り好ましくない。」
腕を組み、刑事から目を逸らすように顔を横に向ける。あくまで装っているだけだが、不機嫌な空気はいくらイトノコギリ刑事でも伝わるだろう。
「そうッスか? 自分はこうして御剣検事と歩けて、すっごく幸せッスよ!」
「なっ!」
一気に体が熱くなった。喉元で何かつっかえたような感覚と渇きを感じ、上手く言葉に、声にならなかった。
何を言ってる! と反論したいのに。バカ刑事が! と怒鳴りたいのに。言いたいことは山ほどあるというのに。
「‥‥そうか。」
頭が、熱が出た時のように、霞みがかりぼんやりとして上手く働かないでいる。どうやら、季節性アレルギー性鼻炎が悪化したようだ。
――これだから、私は“春”が苦手なのだ。