ノコミツ
「もう4月か‥‥。」
ビリビリ、と大きな音が響き御剣はそちらを向いて呟いた。その視線の先には先ほどまで“3月”の文字が書かれていたカレンダー。今は“4月”に変わっていた。
「早いもんッスねー。もう一年も4カ月めに突入ッス。」
破いた張本人がまじまじとカレンダーを見ながら御剣に続いて言った。年々、一年が短く感じられるのは歳のせいか、と薄く笑った御剣の声を聞きながら糸鋸も静かに頷き微笑む。
「‥‥4月、1日。」
ぼんやり眺めていたカレンダーのある部分が気になり糸鋸は今日の日付を口に出して考えた。数秒の間のあと、彼はニヤリとイタズラを思いついた子供のように口角を上げて笑うと勢いよく御剣の方へ振り返った。
「大変ッスよ、御剣検事!」
「ム。どうした?」
「トノサマンが打ち切りになるッス!」
大声を張り上げて糸鋸が振り返ったときは冷静だった御剣が、その一言でガチリと固まった。
「え‥‥。御剣検事?」
まばたきは勿論、息もしていないのではないかというほど全く微動だにしない御剣が心配になり、糸鋸は恐る恐る声をかける。
「だ、大丈‥‥うおッ!」
糸鋸の言葉に答えようとしながら、立ち上がった御剣は椅子に足を取られド派手に床へと転がった。
「み、御剣検事!? だ、大丈夫ッスか!?」
「大丈夫だ。問題ない。全く問題はない。」
慌てて駆け寄った糸鋸を制して、ヨロヨロと立ち上がった御剣はフラフラとソファへと移動して崩れ落ちるように腰をかけた。そんな彼の様子を見ていた糸鋸に冷や汗が浮かび始める。
(ま、マズいッス。冗談とも言いにくい状況ッス。いや! でも言わないと‥‥。)
こんなことになるとは思わなかった。ほんの軽いウソのつもりだったのだ。糸鋸の予想では、叫ぶか怒鳴るか泣くか、そんな御剣に冗談ッスよとタネ明かしをして怒られる‥‥軽いじゃれあいの気持ちしかなかったのだ。しかし、こんなに落ち込むのであれば早めに対処しなければならないだろう。
「あ、あの御剣検事。実は‥‥」
「そうか。打ち切りか。最近は視聴率の問題もあったが湧き上がってきたニンジャナンジャの勢いに巻き込まれたか‥‥? いや、もしかしたら苦情が殺到したか? ここ最近の放送はアクダイカーン・デラックスとの修羅場を迎えてムゴいシーンが多かったから、親御さんたちの琴線に触れてしまったのかもしれない。だが、それで打ち切りだと? たしかにムゴいシーンだったが、あれは勇気と感動を与え友情と希望が溢れる場面だったではないか。そもそもトノサマンというのは‥‥。」
ぶつぶつと独り言を呟き、頭を振っては一点を見つめてまた何かを囁く。完全に自分の世界に入ってしまった。
「‥‥‥‥‥‥。」
次第に冗談だともウソだとも言えなくなった状況に糸鋸は絶句した。こんなことになるならと思わずには居られず、深い溜め息をついて御剣には聞こえない小さな声で呟いた。
「やっぱり、ウソはダメッスね‥‥。」
良い悪い、大小があれどもウソはウソ。
もうエイプリルフールはこりごりだと深く反省した4月1日だった。