一輪挿しのための花瓶
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扉の先に駆け出した私達は、水中から飛び出したかのように、ぷはぁっと息を吐き出した。
すぐに倒れ込むように座り込んで、ぜーぜーと整わない呼吸をする。
こんなに疲れていたっけ。
走るのはそんなに苦手じゃないのに。
ううん、この心臓の鼓動は走ったからってだけじゃない。
私は、何もかもさっきとは違うこの世界を、徐々に感じ取っていこうとする。
空気だ。陽だまりの空気、風。
それに光。俯いた視界に映る芝生は突然に眩しくて。
それから香り。入学式の朝みたいに新鮮な香りと、花の匂い。懐かしい。
そうか、これは桜の匂いだ。
そして最後に、隙間の出来た脳にゆっくりと、音が流れてくる。
目の前ではない、少し遠くに聞こえる。
人々の、歓喜とも喧騒とも取れる声。きっとこの人たちには日常の、何ら特別ではない賑わいの音だ。
ふぅ、と息を整えながら、私はじっくりとこの瞳に世界を映し始めた。
「うわっ」
途端に春の強風が襲い、すぐ前に植えられていた桜の木の枝が強く揺すられた。
目の前いっぱいに花弁が舞散って、景色に目を凝らそうとしていた私の視界を覆っていく。
何度となく、別れという記憶を重ねたこの香り。
誰にとってもドラマチックで、それでいて陳腐な、ありふれた香りなのに、強烈な未知の感覚で心がぐちゃぐちゃになる。
そうだ、ここは、ちっともありふれてなんかいない。
やがて風がやみ、花弁は静かに地面に落ちていく。
晴れた視界に、映ったのは。
「成功したんだ...」
「紗如ちゃん、どういうこと!? さっきまで夜だったし、今って夏だよね!? なんで桜が!」
琴都ちゃんは立ち上がり、辺りを見回しては頭を抱えていた。
そうだ、儀式のこと、扉のこと、この世界のこと、いろいろ説明しなくちゃ。
私が琴都ちゃんに声を掛けようと、口を開いたとき。
「っていうか...」
琴都ちゃんがハッとしたような表情で言った。
「これって銀魂じゃない?」
ついと見上げた視線が、琴都ちゃんとぶつかった。
お互いに目をまん丸とさせて、しばし見つめ合っていた。
私は我に返って立ち上がる。
「琴都ちゃんも銀魂知ってるの!?」
「え!? うん、知っては居るけど...。ってちょっと待って、本当に銀魂の世界なの!? いや、待って、少し落ち着こう? 私たちは今、修学旅行中だよね? あ、わかった、観光地だからこういうセットがあるんだよ!」
「ここは本当に銀魂の世界だよ。間違いない。私がそうなるようにしたんだもん...」
「紗如ちゃんが...? どういうこと?」
言いながら思い出したように、琴都ちゃんは背後を振り返る。
「あれ!? 扉はどこいったの!?」
「だからここはもう、元の世界じゃないんだよ!」
「そ、そんなこと...ある...?」
「わかった。じゃあ確かめに行こう!」
「確かめるってどうやって?」
「琴都ちゃんも銀魂知ってるんでしょ? だったら手っ取り早い方法があるじゃない」
戸惑う琴都ちゃんの手を引いて、私は遠くに見える町を目指した。