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「正直だね」
そう言った彼の顔と、去っていく背中を思い出す。
どうしてこうなってしまったんだろう。あの人は今どうしているだろうか。
何にせよ、私はテーブルの上のそれを黙って眺めることしかできなかった。
◾︎ ◾︎
私は岡屋でDVDを借りようと目的の品を持ち会計に向かっていた。店内の曲がり角に差し掛かったところに向かい側からも人が来ていて、気づいた時には肩をぶつけてしまっていた。その勢いでお互い手に持っていたDVDを落としてしまい、床に打ち付けられたDVDケースがカシャカシャ────────────────────────────────────────────────ンと音を立てる。
「あっ、ごめんなさい!」
慌てて謝り、床に落ちたそれを拾おうとしゃがみ込んだ。
「あ〰︎〰︎……ごめんね、よそ見してて──って拾わなくていいよ!」
ぶつかった相手の男性が焦った声を出してしゃがんだ時には、もう私は手に持って見てしまっていた。
《巨乳大作戦 8》
でかでかと主張されるタイトル。胸を強調した際どい格好の女性がバーンのパッケージ。この……なんかこの感じのやつは間違いなくウフンでアハンのやつだ! 男性の妙な焦り具合からもそうだと伺えた。どんな作戦だろう。
一瞬であったがそう考えているうちに、私とAのVを隔てるように伸びてきた綺麗な手がさっとAVを持っていった。形の良い指だ。どんな作戦だろう。
「見た?」
先程よりも低い声で短く問いかけられて、初めてその人の顔を見る。綺麗なのは手だけじゃなかった。顔を上げるとびっくり仰天、おそろしく美形の男がいるではないか。まあまあ背丈のありそうな体格に纏った白いスーツはいかにも上等そうで更に存在を際立たせていた。
長いまつ毛、濡れたように潤った唇、しっかりした凛々しい眉毛が印象的だ。全てが整っている。パーツというパーツが良い形をしている! 良い位置にくっついている! こんなにも美しくありながらなんかこう……男! 雄! って感じを感じさせてくる! すごい! 頭がおかしくなっちゃいそう! 心臓が破裂しそう!
それよりも今私が置かれている状況をどうにかしなければならない。先程の質問は、質問でなく要求だと私は悟っていた。『見ていないと言え』と言っているのだ。私が見てしまったのを彼は見ている。嘘をつけというのだ。
「……み…………」
だが本当にそうなのだろうか? 見ていないと言ったとしても、見たという事実は消えない。本当にこれは見ていないと言えという要求なのだろうか?
変な汗が出てきた。彼の目がやけにギラギラとして威圧感と焦燥感を与えてくるのだ。非常に男前である。
見たか、見ていないか。答えはAかBかの2つしか答えようがないのに、Bと言えばいいだけなのに、どうしても言えない。嘘だろうがなんだろうがそちらが最善の答えなのはわかっている。わかっちゃいるんだ……! ギャンブルなんてしたこともないのになんだかまるで大きな勝負でもしている気分だ。私はこちらに賭けるしかない。
周りを見回し自分の口元に手を添えた。
「巨乳大作戦、8」
最善の答えの選択以前に、そもそも私は嘘がつけない性分なのだ。仕方がない。
向かい合った白スーツのイケメてる彼は目をまん丸に見開いたかと思うと、微かに頬を赤らめて目を伏せた。
「あんた……正直だね」
そしてこちらから見えない具合に体の横に持っていたDVDを更に後ろへ隠すようにした。
店内はメチャクチャのメチャに客がいて繁盛しているようだった。会計周りも忙しそうに店員同士で業務のやりとりをしながら客の対応をしている。
「これ、袋分けてもらっていい?」
声も格好良いなあ、なんて思いながら私は、彼の手から先程まで私が手にしていたDVDと巨乳大作戦8が店員の手に渡るのを、レジから少し離れたところで眺めていた。
あの一悶着のあと、見苦しいものを見せたお詫びに私の分も借りてくる、とやんわり取り上げられてしまったのだ。元はと言えば私が勢いよくぶつかっていったのが原因なのでと断ったものの、無料で借りられるからいいのと言われそのまま彼の手に預けてしまった。
程なくして会計を終えた絶世の美青年が2つのレンタル袋を提げてこちらに歩み寄ってきた。
「はい、こっちね」
「どうもすみません」
爽やかな笑顔で差し出されたひとつの袋を受け取る。先ほど見せたあのギラギラした目が嘘だったかのように、今は人当たりの良い気さくなお兄さんだ。見た目だけでなく声も良いうえにこの様子では、さぞかしモテるだろう。
「期限とかないからさ、返すのいつでも大丈夫だから。じゃ」
彼はくるりと背を向けて店の出口に向かう。私はその背中を追いかけて礼を述べた。
「あの……ありがとうございます?」
流れに身を任せてはいたが状況の把握がいまいちで疑問形になってしまった。白いスーツの彼は振り向くことなく軽く手を振ってそのまま店を出て行った。
自宅に着いて本日の収穫物をテーブルに乗せる。近くのスーパーにて手に入れた半額シールが貼られたお弁当と、岡屋で無料で借りられたDVDが入っているレンタル袋。今日は良い日だ。
このまま晩ご飯にしてしまおうとお弁当の蓋を開けて少し肩を落とす。ご飯の真ん中に赤いあいつが鎮座しているのだ。すっぱくてカリカリして独特な味がして苦手なすっぱいあいつ──カリ梅だ。買う前からこいつがいることはわかっていたが気のせいかもと思って買った。気のせいではなかった。捨てるのも忍びなく頑張って口に入れる。
すっぺえ!!!!!!!!!!!!!!!!!!! すっぱいのも苦手だけど、この、この感じ! この独特な味! 苦手!
顔のパーツが全部中央に寄っているのではないかと思うくらいに顔面が歪むのを感じながら、傍のレンタル袋に手を伸ばす。DVDを取り出して、カリ梅が口から飛び出した。
《巨乳大作戦 8》
でかでかと主張されるタイトル。胸を強調した際どい格好の女性がバーンのパッケージ。
「あれ〰︎〰︎⁉︎」
気のせいかと思って一度袋に入れ直してもう一度出してみる。
《巨乳大作戦 8》
でかでかと主張されるタイトル。胸を強調した際どい格好の女性がバーンのパッケージ。
「ん〰︎〰︎〰︎〰︎⁉︎」
私のじゃない! こっちじゃない! どんな作戦だ!
そして冒頭に至る。
借りてくれた彼の名前も連絡先も知らないのでどうにもできない。
しばらく悩んだ末にDVDをプレーヤーにセットした。口から出て畳の上に転がったカリ梅は3秒ルールの条件から外れてしまったため、ごみ箱行きとなった。
◾︎ ◾︎
とあるホテルのスイートルーム。凄腕のギャンブラー・斑目貘は1枚のDVDを前に頭を抱えていた。
「やられた……」
貘の目の前には、岡屋の店内で遭遇した妙に正直な女が持っていたDVDがあった。借りた時に袋を別にしてもらい更に袋そのものがそれぞれ別のデザインだったので間違いなく渡したのだが、実は店員による忙しさ故に中身を入れ違えるという間違いが生じていた。
「どうしたんすか貘さん」
行動を共にしている梶隆臣が貘の珍しい様子に横から声をかけた。
「いや、ちょっとね」
「?」
梶はテーブルに置かれたDVDに目をやり、首を傾げた。後方にいる先日より梶と同じく行動を共にすることになったマルコ──風呂上がりで全裸のまま牛乳をあおっている──を振り返り、再び貘へと視線を向ける。
「マルコにお土産ですか?」
「まあそんな感じ。マーくんこれ見よっか」
貘が後ろを振り返って声をかけると、マルコが笑顔で飛んでくる。
巨乳大作戦の行方については、貘は気にしないことにした。あの女性は確実に裏社会とは関係のない生活を送っており、自分に対して興味を持っていたが近づいてくるような素振りもなく、もう会うこともないだろう、と結論付けた。
服を着たマルコがテレビの前のソファーに座り、梶がDVDをセットし、貘がリモコンの再生ボタンを押す。すると明るくポップでキャッチーな曲が流れ出した。そしてチケットをパキる音が響き、プリパラが始まる────。
そう言った彼の顔と、去っていく背中を思い出す。
どうしてこうなってしまったんだろう。あの人は今どうしているだろうか。
何にせよ、私はテーブルの上のそれを黙って眺めることしかできなかった。
◾︎ ◾︎
私は岡屋でDVDを借りようと目的の品を持ち会計に向かっていた。店内の曲がり角に差し掛かったところに向かい側からも人が来ていて、気づいた時には肩をぶつけてしまっていた。その勢いでお互い手に持っていたDVDを落としてしまい、床に打ち付けられたDVDケースがカシャカシャ────────────────────────────────────────────────ンと音を立てる。
「あっ、ごめんなさい!」
慌てて謝り、床に落ちたそれを拾おうとしゃがみ込んだ。
「あ〰︎〰︎……ごめんね、よそ見してて──って拾わなくていいよ!」
ぶつかった相手の男性が焦った声を出してしゃがんだ時には、もう私は手に持って見てしまっていた。
《巨乳大作戦 8》
でかでかと主張されるタイトル。胸を強調した際どい格好の女性がバーンのパッケージ。この……なんかこの感じのやつは間違いなくウフンでアハンのやつだ! 男性の妙な焦り具合からもそうだと伺えた。どんな作戦だろう。
一瞬であったがそう考えているうちに、私とAのVを隔てるように伸びてきた綺麗な手がさっとAVを持っていった。形の良い指だ。どんな作戦だろう。
「見た?」
先程よりも低い声で短く問いかけられて、初めてその人の顔を見る。綺麗なのは手だけじゃなかった。顔を上げるとびっくり仰天、おそろしく美形の男がいるではないか。まあまあ背丈のありそうな体格に纏った白いスーツはいかにも上等そうで更に存在を際立たせていた。
長いまつ毛、濡れたように潤った唇、しっかりした凛々しい眉毛が印象的だ。全てが整っている。パーツというパーツが良い形をしている! 良い位置にくっついている! こんなにも美しくありながらなんかこう……男! 雄! って感じを感じさせてくる! すごい! 頭がおかしくなっちゃいそう! 心臓が破裂しそう!
それよりも今私が置かれている状況をどうにかしなければならない。先程の質問は、質問でなく要求だと私は悟っていた。『見ていないと言え』と言っているのだ。私が見てしまったのを彼は見ている。嘘をつけというのだ。
「……み…………」
だが本当にそうなのだろうか? 見ていないと言ったとしても、見たという事実は消えない。本当にこれは見ていないと言えという要求なのだろうか?
変な汗が出てきた。彼の目がやけにギラギラとして威圧感と焦燥感を与えてくるのだ。非常に男前である。
見たか、見ていないか。答えはAかBかの2つしか答えようがないのに、Bと言えばいいだけなのに、どうしても言えない。嘘だろうがなんだろうがそちらが最善の答えなのはわかっている。わかっちゃいるんだ……! ギャンブルなんてしたこともないのになんだかまるで大きな勝負でもしている気分だ。私はこちらに賭けるしかない。
周りを見回し自分の口元に手を添えた。
「巨乳大作戦、8」
最善の答えの選択以前に、そもそも私は嘘がつけない性分なのだ。仕方がない。
向かい合った白スーツのイケメてる彼は目をまん丸に見開いたかと思うと、微かに頬を赤らめて目を伏せた。
「あんた……正直だね」
そしてこちらから見えない具合に体の横に持っていたDVDを更に後ろへ隠すようにした。
店内はメチャクチャのメチャに客がいて繁盛しているようだった。会計周りも忙しそうに店員同士で業務のやりとりをしながら客の対応をしている。
「これ、袋分けてもらっていい?」
声も格好良いなあ、なんて思いながら私は、彼の手から先程まで私が手にしていたDVDと巨乳大作戦8が店員の手に渡るのを、レジから少し離れたところで眺めていた。
あの一悶着のあと、見苦しいものを見せたお詫びに私の分も借りてくる、とやんわり取り上げられてしまったのだ。元はと言えば私が勢いよくぶつかっていったのが原因なのでと断ったものの、無料で借りられるからいいのと言われそのまま彼の手に預けてしまった。
程なくして会計を終えた絶世の美青年が2つのレンタル袋を提げてこちらに歩み寄ってきた。
「はい、こっちね」
「どうもすみません」
爽やかな笑顔で差し出されたひとつの袋を受け取る。先ほど見せたあのギラギラした目が嘘だったかのように、今は人当たりの良い気さくなお兄さんだ。見た目だけでなく声も良いうえにこの様子では、さぞかしモテるだろう。
「期限とかないからさ、返すのいつでも大丈夫だから。じゃ」
彼はくるりと背を向けて店の出口に向かう。私はその背中を追いかけて礼を述べた。
「あの……ありがとうございます?」
流れに身を任せてはいたが状況の把握がいまいちで疑問形になってしまった。白いスーツの彼は振り向くことなく軽く手を振ってそのまま店を出て行った。
自宅に着いて本日の収穫物をテーブルに乗せる。近くのスーパーにて手に入れた半額シールが貼られたお弁当と、岡屋で無料で借りられたDVDが入っているレンタル袋。今日は良い日だ。
このまま晩ご飯にしてしまおうとお弁当の蓋を開けて少し肩を落とす。ご飯の真ん中に赤いあいつが鎮座しているのだ。すっぱくてカリカリして独特な味がして苦手なすっぱいあいつ──カリ梅だ。買う前からこいつがいることはわかっていたが気のせいかもと思って買った。気のせいではなかった。捨てるのも忍びなく頑張って口に入れる。
すっぺえ!!!!!!!!!!!!!!!!!!! すっぱいのも苦手だけど、この、この感じ! この独特な味! 苦手!
顔のパーツが全部中央に寄っているのではないかと思うくらいに顔面が歪むのを感じながら、傍のレンタル袋に手を伸ばす。DVDを取り出して、カリ梅が口から飛び出した。
《巨乳大作戦 8》
でかでかと主張されるタイトル。胸を強調した際どい格好の女性がバーンのパッケージ。
「あれ〰︎〰︎⁉︎」
気のせいかと思って一度袋に入れ直してもう一度出してみる。
《巨乳大作戦 8》
でかでかと主張されるタイトル。胸を強調した際どい格好の女性がバーンのパッケージ。
「ん〰︎〰︎〰︎〰︎⁉︎」
私のじゃない! こっちじゃない! どんな作戦だ!
そして冒頭に至る。
借りてくれた彼の名前も連絡先も知らないのでどうにもできない。
しばらく悩んだ末にDVDをプレーヤーにセットした。口から出て畳の上に転がったカリ梅は3秒ルールの条件から外れてしまったため、ごみ箱行きとなった。
◾︎ ◾︎
とあるホテルのスイートルーム。凄腕のギャンブラー・斑目貘は1枚のDVDを前に頭を抱えていた。
「やられた……」
貘の目の前には、岡屋の店内で遭遇した妙に正直な女が持っていたDVDがあった。借りた時に袋を別にしてもらい更に袋そのものがそれぞれ別のデザインだったので間違いなく渡したのだが、実は店員による忙しさ故に中身を入れ違えるという間違いが生じていた。
「どうしたんすか貘さん」
行動を共にしている梶隆臣が貘の珍しい様子に横から声をかけた。
「いや、ちょっとね」
「?」
梶はテーブルに置かれたDVDに目をやり、首を傾げた。後方にいる先日より梶と同じく行動を共にすることになったマルコ──風呂上がりで全裸のまま牛乳をあおっている──を振り返り、再び貘へと視線を向ける。
「マルコにお土産ですか?」
「まあそんな感じ。マーくんこれ見よっか」
貘が後ろを振り返って声をかけると、マルコが笑顔で飛んでくる。
巨乳大作戦の行方については、貘は気にしないことにした。あの女性は確実に裏社会とは関係のない生活を送っており、自分に対して興味を持っていたが近づいてくるような素振りもなく、もう会うこともないだろう、と結論付けた。
服を着たマルコがテレビの前のソファーに座り、梶がDVDをセットし、貘がリモコンの再生ボタンを押す。すると明るくポップでキャッチーな曲が流れ出した。そしてチケットをパキる音が響き、プリパラが始まる────。
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