「とにかく彼らを追い掛けよう。いくら彼らが身軽だからと言っても、ナズナを抱えながら海を越えることは難しいはず」
酔いのせいで顔色が蒼白としているヴィルヘルムの意見にジェラルドも同意する。
私兵の半分は港町へ先回りさせた方が良さそうだ。後は、とソルーシュが口を挟む。
「ビスマルク公のことだから、ナズナ姫に密偵の一人くらいはつけているはず。あの方に助力を請うべきでしょう」
「…そうだな」
ナズナの父であるジークならこの大陸唯一の港町を封鎖し、彼らを足止め出来るかもしれない。向かった先がそことは限らないが、やらないよりはましだ。
*
「ああよかった、ナズナ!」
旅衣装を纏った女性が幼いナズナを抱き上げる。抱き上げる女性の顔はナズナに瓜二つ。
違うところがあるとすれば、髪の長さと瞳の色くらいだろうか。
懐かしい、そしてずっと会いたかった存在に幼いナズナが嬉しそうに女性の身体を強く抱きしめ返す。
「お母様!」
詳しい経緯は分からないが、ナズナの母であるヒスイが執念で別大陸にいる彼女を見つけたのだろう。再会する母娘の横に、ユーフェイが静かに佇んでいた。
それに気づいたナズナが彼に尋ねる。
「もしかして、貴方が私の娘を助けてここまで連れてきてくれたのですか?」
『…ああ、そんなところだ。この混乱の中ならば問題なく連れ出せると思うてな』
この混乱?とナズナが改めて周りを意識する。
どうやら幼い自分と母、そしてユーフェイがいるところはあの薄暗い部屋ではなく、外のようだ。空を見るに夜のようだが、辺りは昼間のように明るい。
耳を澄ませば悲鳴や怒号、そして何かが燃えているような音が聞こえる。
まさか、とナズナは音のする方を見た。大きな建物が赤々と燃えている。おそらく幼いナズナが閉じ込められていた場所だろう。
ユーフェイは喧騒を気にすることなく、落ち着いた声音で母娘に言った。
『いつまでもここにいては見つかる。さあ、早く行こう』
彼の言葉にヒスイは首を傾げた。
「…貴方も?」
『ああ。我は今、とある事情で汝の娘ナズナと契約を交わしているため、離れることが出来ぬ』
そういうことなら、と母は納得する。それにここまで娘を連れ出してくれたのだから、きっと彼はいい人に違いないと確信したからだ。
「分かりました。では、貴方も共に…」
「待て!!」
いつの間にかヒスイ達の周りは水妖族の者に囲まれていた。武装しているところを見ると、兵士達のようだ。彼らの中にはあのリュウシンの姿もある。彼の緑の瞳には失望の色が浮かんでいた。