まさかリュウシンが着替えさせてくれたのだろうか。
ナズナの物言いたげな視線に気づいたリュウシンは、ほんのり頬を染めつつ肩を竦め、気まずそうにぼそりと弁解する。
「オマエの着替えは…ここの宿の女主人にやってもらった…ので、安心しろ」
「そ、そうですか…」
何となくほっとした。ナズナが安心したところでリュウシンが軽く彼女の細い肩を押し、再びベッドに戻される。
「とりあえず、休め。オマエの身体はまだ熱がある。
ユーフェイ様の加護があるとはいえ、大分無理をさせてしまった」
ナズナの額に冷たい布が乗せられる。心地よい冷たさを感じながら、ナズナはリュウシンに問う。
「ここは…?」
「中央大陸エドニスの人間が治める王国、ジェイド。その中にある村の一つ、アルテム村だ」
「エドニス大陸…」
聞き覚えのある大陸の名前だが、村の名前は初めて聞いた。大陸内のどの辺に位置するかは分からないが、海を越えて別の大陸に来たという実感が微かに湧いてくる。
未知の場所へ連れて来られてわくわくする反面、置いてきてしまったソルーシュ達が気掛かりだ。考え込んで無意識に唸り声が漏れたのか、リュウシンの凛々しい眉が怪訝そうに顰められる。
彼は溜息を吐き、おもむろに右手で優しくナズナの両目を覆った。急に暗くなった視界と、機械の固く冷たい感触に戸惑う。
「リュウシン…?」
「…もう寝ろ。さもなくば強制的に寝かせてやる」
静かな声で半ば脅してくるリュウシンにナズナは素直に従った。前にもこんなことがあったような気がするが、思い出せない。
両目を閉じ、ナズナは眠りへと落ちて行った。
*
「お前が一人であの丘を越えた先に咲く花を取ってきたら、遊んでやってもいいぜ。
ま、世間知らずの甘ったれなお嬢様には無理だろうけどな!」
幼い少年の声が幼いナズナを嘲笑う。
これはツァンフー帝国での記憶ではないようだ。いつの記憶なのだろう。幼い少年の姿は、髪の色を除いて判別出来ない。
『これはお前が我が同胞…水妖族に攫われる前の記憶だ』
突如横に現れたユーフェイに驚きながらも、ナズナは納得した。幼いナズナはこの後、あの少年の言う通りにしたのだろう。そして一人になったところで、攫われたのだ。
ある意味きっかけとなった少年の正体とは、誰なのか。どこかで聞いたことのあるような声でもあるのだが。
『ただ、今所持している記憶の欠片だけではあの少年の正体が分からぬようだ。
しかし霧が掛かっているようとはいえ、髪の色だけはどうにか判別出来たようだが…。幼いお前は、余程その少年の髪の色が印象に残ったようだな』