『そうでっす!エリゴス様がいつもお世話になってます!
今日はこんな用事のため、力が自慢のエリゴス様の配下と一緒に来ました!』
『アバドンでーす。初めましてー』
これまた軽い調子で挨拶したのは、鋭い爪が生えた手の持ち主。
見た目はストラよりも少し年上の青年に見える。シアン色の髪を首の辺りで一つに束ね、血のように赤い瞳が印象的だ。また、竜人族の者と同じように人間でいう白目の部分が黒になっている。
頭からは鋭い角が二本、背中からは同じ竜の翼、腰の辺りからは鱗がついた太い尻尾が生えている。耳はいつか行動を共にした、ヴィルヘルムの後輩である竜人族の女騎士パウラと同じだ。
アバドンと名乗ったエリゴスのもう一人の配下はストラのような士官服ではなく、白いシャツに黒いベスト、そしてベストと同じ色のズボンとソムリエエプロンを纏っている。
白いシャツの襟元には黒い蝶ネクタイをつけていて、アバドンの顔立ちはシャープな感じなのに蝶ネクタイのおかげで少し可愛く見える。
軽い調子の二人に両腕を掴まれ、ユーフェイは悔しそうに奥歯を噛みしめた。
竜人族のようなアバドンはともかく、細い体格のストラなら振り切れそうなはずなのにびくともしなかった。ユーフェイが配下によって動けなくなっている様子にエリゴスは満足気な笑みを浮かべた。
『…さて、話を戻そうか。その前に聞くが、こうしてそれなりに記憶を取り戻してきた訳だが、後悔はしていないか?引き返すつもりであれば、まだ引き返せるぞ』
「後悔していません。確かに、思い出してきた記憶はいいものとは言い難いですけど…自分で選んだ道ですから」
『残りの記憶もそうあってもか?』
ナズナの答えにエリゴスは笑みを消し、心配そうに尋ねた。エリゴスの気遣いを感じながら、ナズナはしっかりと頷く。
「はい」
ナズナの意志は旅を始める時と全く変わっていない。意志を曲げないところは彼女の死んだ母親譲りだ。ナズナの決意を感じ取り、エリゴスも頷き返す。
『…分かった。では、本題の俺が与える逃げ道についてだ』
魔界の王が発した逃げ道という言葉にユーフェイの肩が跳ねる。ナズナは何のことか分からずに首を傾げた。
「逃げ道…ですか?」
『そうだ。お前はこの水妖族の神の願いを叶えるために命を捧げてやってもいいという気持ちがある。
それもお前が選んだ道ならば、俺は止めない』
エリゴスの意外な発言にユーフェイが目を丸くする。てっきり彼はユーフェイの真意を知ったからこそ、ナズナを止めるために来たのかと思ったのだが。