スバルの言葉はとても嬉しいし、出来ればそうしたい。だが確約出来ない約束はするものではないと、ナズナ自身は考えている。
彼が自分を友達だと言ってくれたのなら尚更だ。
結局彼女は何も言えずに曖昧な笑みを浮かべ、言葉を濁すことしか出来なかった。
*
スバルと別れ、宿に戻ってナズナは女主人に借りていた服を丁重に返した。そして最後の食事を済ませ、日が沈んでからナズナ達はアルテム村の宿を出る。
ジンフーがこの大陸の地図を見ながら先導し、彼の後ろにナズナ、リュウシンの順で続く。
アルテム村から国境の森まではそう離れておらず、予想していたよりも早く到着した。
森は鬱蒼としていて、霧が掛かっている。この森から漂ってくる霧は魔力が感じられたので、おそらく妖精か精霊が魔法で発生させているものだろう。辺りも暗いため、陰鬱な雰囲気だ。
ナズナはメルセデスがいてくれるおかげで不安を抱くことはないが、もしも彼女がいなかったらこの森の中を進んで行くことを躊躇っていただろう。
改めて大地の精霊の娘がこうして自分と共に来てくれることに感謝しながら、ナズナは彼女の名を呼んで召喚する。
「メルセデス」
『はい。…ああ、懐かしいですわ。あの頃と全然変わっていない…』
感慨深げに森を見渡しながら、大地の精霊の娘が現れる。彼女の姿を初めて見たジンフーが少々驚いた表情を見せたものの、以前神の花嫁に返した札の精霊だと理解してすぐにその表情を引っ込めた。
適当に選んで返したつもりだったが、現れた彼女の反応を見てジンフーは過去の自分をほめてやりたい気持ちになる。
この国境の森を抜けることは普通の森を抜けるように一筋縄でいかないと、アルテム村の住人から前もって聞いていたので、メルセデスのようにこの森をよく知る者がいれば抜けるのが容易くなる。
ジンフーはにっこりと笑いながら、ナズナに尋ねた。
「シェンジャ様、こちらの方は…?」
「彼女の名はメルセデス。このレガシリアを支える四大精霊の一人、大地の精霊ガイア様の娘御で、この大陸にある妖精と精霊の村“ローグ”出身の精霊です。
彼女にはこの森を抜ける手伝いをして頂こうかと思いまして」
「なるほど、シェンジャ様のお心遣いとメルセデス様のご協力に感謝致します。
では、さっそく参りましょうか」
さっさと進もうとするジンフーの服の裾をナズナが掴む。
何事かと振り向くと、ナズナが下からジンフーの緑の瞳を見上げていた。
「その前にジンフー、私の短剣を返して頂けませんか?」
「…は?」