いきなり何を言うのか、と聞かんばかりにジンフーがナズナを見下ろしながら詰め寄る。
「シェンジャ様…別に貴方が戦う必要はありません。戦いのことは、我々に任せておいて下されば…」
困った表情で言い聞かせようとするジンフーをナズナが上から被せた。
「もしもに備えて自分の身を守るために必要なのです。前にも言いましたが、私は貴方達から逃げるつもりはありません。
もし私が貴方達から逃げる素振りを少しでも見せようならば、この大陸へ来る前にしていたように縄で縛り上げればよろしいでしょう」
どうするか、と問うようにジンフーは元同僚の方へ視線を移す。元同僚は厳しい目つきでナズナを探るように見た。
思い返せば、ナズナと契約している精霊や魔界の王達が厄介なのであって、彼女自身の戦闘能力はリュウシン達にとってさほど脅威ではない。むしろ足元に及ばないと言ってもいいだろう。小振りの短剣を一つ返したところでたかが知れている。
それに不審な動きを察知したら、彼女自身が言っていたようにジンフーの札と縄で押さえつければいいだけだ。リュウシンは顎の動きでナズナに短剣を返すよう示す。
元同僚がそうしろと判断したのならば問題ないだろう。懐から短剣を取り出し、本来の主の手に渡した。
「…では、お納め下さい」
「ありがとうございます」
懐かしい感触にナズナはほっとした。短剣のみでも、宿っている神威の魔力を感じられる。
それにこの短剣は母の形見。初めて手にした時はその重みに戸惑いもしたが、今となってはナズナになくてはならないものの一つである。
本来の主の手に戻ることが出来て嬉しいのか、一瞬だけ短剣の刀身が煌めいた気がした。
『賢明なご判断ですわ。いくら私がいるからといって、この森に棲む魔物が出てこないとは限りませんから』
そう言ってメルセデスがナズナの背を押し、先へ進むように促す。リュウシンとジンフーは顔を見合わせて後に続いた。
魔法で出来た霧で視界が悪い中、ナズナ達はメルセデスの案内に従って鬱蒼とした獣道を進んで行く。森へ入る前に大地の精霊の娘が言っていたように、彼女がいるからといって魔物が全く出てこないということはなかった。
この森に棲む魔物は獣の姿をしたものが多く、やはりノイシュテルン付近に生息するものとは若干種類が違う。
基本的に現れた魔物はリュウシンとジンフーが速攻で倒してしまうので、ナズナの役割といえば彼らの体力擦り傷等をユーフェイの力を借りた魔法で癒すことだった。