「大人しくしていれば、オマエに危害は加えない」
そうは言うものの、彼の緑の瞳は憎悪に染まっていた。そんな瞳に射竦められてナズナはますます恐怖で身体が動かない。
早く何か言って彼の気を逸らさねば、となけなしの勇気と声を振り絞る。
「私…貴方のことを存じ上げないのですが…」
「…何だと?」
聞き捨てならない言葉に青年の目つきがさらに鋭くなった。ただでさえ不穏な空気がますます重いものになる。
それでもナズナは気丈に振る舞いながらも言い返す。
「ほ、本当です…!私、物心がついた時から一度もこのノイシュテルン王国から出たことがないのです!」
「ふざけるのも大概にしろ!オマエとワタシは幼い頃出会ってしばらく共に過ごしたことがある!
あんな非道なことをしておいて知らぬ存ぜぬだと?随分と都合のいい…!」
激昂する青年にナズナは竦み上がりつつも、疑問を抱く。
彼は確かに今日初めて会った気がするのに、何故だか懐かしい感じがする。それに嘘を言っているようにも見えない。彼の言うことに思うところがあるのか神威は押し黙ってじっと青年を見据えている。
ヴィルヘルムだけがナズナと同じ疑問を抱いているようだった。
一向に思い出そうとしない彼女に焦れたのか、ついに青年は実力行使に出た。テーブルを乗り越え、一気に距離を詰めてナズナを捕まえようと飛び掛かってくる。
そこへ神威が間に入り、風の魔法を発動させて青年を弾き飛ばそうとした。
『落ち着きなさい、水妖族の若者よ』
「ほざけ!」
宥めようとする神威を撥ね退けて、青年は死角から剣を上段に構えて向かってきたソルーシュを蹴り飛ばした。
それを合図に集合が完了し、様子を窺っていた騎士達が一斉に突撃を開始する。しかしそれでも青年は怯まずに向かってくる騎士達を巧みな体術で地に伏して行った。
一般の騎士とはいえ、この場にいる者はかなりの手練れの者達だ。それなのに彼は多勢をものともしない。体術で仕留め損なった騎士は彼の凶弾の餌食となっていく。
青年が騎士達に気を取られている間にソルーシュはナズナの手を引いて撤退を開始する。ここに彼女がいては、騎士達も思い切り戦えないだろう。すでに王族や五大貴族、そして他の貴族達も避難が完了している。
「待て!」
目ざとくナズナの逃走を捕捉していた青年がなおも追い縋ろうとしているが、騎士達によって阻まれる。そしてついには四大将軍全員が出てくる事態となっていた。
彼らが出てきたということは、青年が捕らえられるのも時間の問題だろう。