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「まったく、ナズナ姫の記念すべき社交界デビューの日だというのにとんだ邪魔が入りましたね」
王宮の客室に通されながらソルーシュが憤る。そして彼女の顔を窺うように覗き込んだ。ただでさえ白いナズナの顔がさらに白くなっていて、血の気が無い。無理もないだろう。
彼女は外の世界を渡り歩くソルーシュと違って、あのような光景を一度も目にしたことがないのだから。
「皆さん…無事だといいのですが…」
「大丈夫、ノイシュテルン王国騎士団は精鋭の集まりですから!」
心配そうに呟くナズナを元気づけるようにソルーシュは務めて明るく言う。言葉ではそう言うものの、かく言うソルーシュも内心はナズナと同じ不安に駆られていた。
あの青年はとても強かった。もしあのまま騎士の到着が遅れていたら、ソルーシュと神威だけでナズナを守り切れなかったかもしれない。
「ところでソル、そして神威…お尋ねしたいことがあります」
呼び掛けられてソルーシュははっとし、神威が静かに頷いた。
『あの青年が言っていたことですね?』
「はい…」
ナズナが物心ついた時から、彼女の世界は自分の家だけだった。
知っている者も限られた者だけ。それなのに何故、あの青年のことが懐かしく思ったのだろう。知らないはずなのに。
『私の一存では話せません。貴方の…父君の許可が必要です』
「私のことなのに、どうしてお父様の許可が必要なのですか?」
不思議そうに見上げてくるナズナの視線から目を逸らしながら神威は宙を仰ぎ見てはっきりと静かな声で言い切った。
『貴方を守るためです』
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「ナズナ、無事か…?!」
しばらくして父ジークが慌ただしい様子で部屋に入ってきた。そして娘の無事な姿をその目で確認するとほっと一息吐く。
「私は大丈夫です。神威やソルーシュ…それに騎士の皆さんが守って下さったから…それより、あの方は…」
父の厳しい表情を見るにナズナの問いは愚問に等しかった。彼の無念さを感じ取ったエリゴスが変わりに呟く。
『逃げられたか』
「…ああ。我ら四大将軍が束になっても、捕まえることは出来なかったさ。情けないことにな。だが…」
ジークはおもむろにナズナの手を掴み歩き出す。そして部屋の外へと半ば強引に導いた。慌ててソルーシュも彼らの後に続く。突然の父の行動に驚き、ナズナは困惑した。
「お父様…?!どちらへ行くのですか?!」