馴染みの女将といつもの軽い調子で挨拶を交わし、後ろにいるナズナとヴィルヘルムを適当に紹介する。ナズナの紹介の時にエリゴスが小さく鼻を鳴らしたが、幸いなことに女将の明るい笑い声に掻き消された。
「相変わらずだね、ソルーシュは。もちろん空いてるよ。
今案内してあげるから、私の後についてきな」
女将の先導で案内された席は店の一番奥にある特別席のようだった。
質素ながらもよく手入れが行き届いている個室で、白い丸テーブルを囲むように座り心地の良さそうな黒いベルベット生地のソファが置いてある。とりあえずそのソファに座り、ソルーシュが自身の持ち物であるブリューテ大陸の地図を広げた。
「さて、オレの心当たりがある場所ですが…ナズナ姫から聞いた情報と仕事仲間から聞いた情報と一致するある場所があるんです。
その名もブリューテ大陸最北端に位置する、フェアデルプ灯台」
「フェアデルプ灯台…?」
聞いたことのない名前にヴィルヘルムとナズナが顔を見合わせた。
ナズナもヴィルヘルムもノイシュテルン王国から出たことが無いため、聞いたことがなくても仕方ない。無知な二人を馬鹿にすることなくソルーシュはフェアデルプ灯台についての説明を始めた。
「そうです。まあ、オレも実際に行ったことはないのですが職業上、こういった曰くつきの噂はよく耳にするんですよ。
ナズナ姫が仰っていたように、その灯台からは風の音に混じって女性の歌声が聞こえてくるらしいって。そしてその歌声で旅人を惑わし、不死者に変えるなんてもっぱらの噂ですよ」
当然その歌声の正体を調べるために何人もの勇敢な戦士や旅人が挑んだらしいが、誰一人帰ってくることはなかった。
そんな恐ろしい噂を聞かされてナズナはほんの少しだけ寒気を感じたが、気づかない振りをして彼女の中にいる神威とエリゴスに話し掛ける。
「神威、エリゴス、そのフェアデルプ灯台に行ったことはありますか?」
神威は申し訳なさそうに首を振った。それとは対照的にエリゴスは何とも言えない表情で固まっている。ようく見てみるとうっすらと汗を掻いているようだった。
返事がないことに心配になったナズナが何回か呼び掛けて、ようやくエリゴスが反応する。
『い、いや…知らんな!フェアデルプ灯台にいる歌声の主など、これっぽっちも知らん!』
明らかに何か知っていそうなエリゴスに普通なら疑問を抱くところだがそこはナズナ。エリゴスの不審な態度に微塵も疑問を抱かず、そうなのかとあっさり納得してしまう。