「ユーフェイ様の事情は分かりました。ですが、我が帝国の現状は芳しくありません。
ユーフェイ様と…その…シェンジャ様には一刻も早く神殿にお戻り頂きたく…」
『…断る』
耳を疑うような返答にリュウシンは片眉を上げた。彼女…否、彼から発せられる殺気が先程よりも一層強くなった気がするのは、リュウシンの気のせいではないだろう。
嫌な予感がし、リュウシンは神の御前だということを忘れてその場から飛び退いた。
彼の瑠璃色の髪が数本宙に舞い、床に落ちる。
もしも平伏したままだったら、髪だけではなく首も落ちていただろう。
「い、一体何の真似ですか、ユーフェイ様?!」
まさか乱心しているのか。
それともリュウシンの知らない内にシェンジャに籠絡されたのか。
ナズナの姿を借りている神はほんの一瞬だけ悲しそうな顔をしたが、すぐに厳しい表情になった。
『…己が胸に問い掛けよ』
厳かな声で冷たく言い放つと、ユーフェイは握っている双剣を一閃する。剣から真空波が放たれ、動揺しているリュウシンを弾き飛ばす。彼の身体は壁を突き抜け、隣の部屋の壁に叩きつけられ、崩れ落ちた。
彼を見送ったユーフェイは双剣を消すと、溜息を吐く。
『いずれは戻る。だが、その時は…』
「ナズナ…姫…?」
第三者の声にユーフェイははっとし、慌てて彼女の身体の主導権を彼女自身に戻した。
最も、ナズナ自身はまだ気絶したままだったので結局は倒れることになったのだが。
*
目の前で崩れ落ちた少女にようやく動けるようになったソルーシュが目を剥いた。
先程のあの水妖族の青年とのやり取り。それに戦い慣れているかのようなあの動き。そして何より、あの得体の知れない気配。
彼女の中で一体何が起こっているのだろう。
とにかくソルーシュはナズナの元へ這って行き、彼女の身体を抱える。別の部屋に吹っ飛ばされたとはいえ、いつリュウシンの目が覚めて襲い掛かってくるか分からない。
早急にここから移動した方が良さそうだ。
ソルーシュはナズナを抱えたまま倒れている幼馴染の騎士の元へと歩いていく。
ヴィルヘルムもようやく意識が戻ったようで身体を起こし、落とした武器を拾っていた。
「全く…やってくれたね。ところであのリュウシンって奴はいつの間に?」
どうやらヴィルヘルムは先程のやり取りを知らないようだ。ソルーシュは言うべきか迷ったが、伝えておいた方がいいと判断し重い口を開く。
「…ナズナ姫が…」
「え…?」
「いや、何ていうか…ナズナ姫の中にいる“何か”が…アイツを追っ払ってた」