「…ナズナ、ジェラルドに迷惑掛けないようにね」
「も、もちろんです!」
慌てて返事をするナズナの横に立つジェラルドが、何か言いたげにしていた。だが、すぐに彼女の手首を引っ張り部屋から出て行く。
二人が出て行った扉を名残惜しそうに見ているヴィルヘルムにエッダが声を掛けた。
「…随分と気に掛けていらっしゃるのね」
彼女の声音には微妙に棘が含まれていることに気が付いたのはソルーシュとイリスだ。エッダの乙女心を理解していないヴィルヘルムは当然の如く気づかない。彼女の言葉にどこか上の空で騎士は答えた。
「僕の…いえ、大事な従妹ですから」
騎士の呟くような声にエッダの目がすうっと細められる。彼女の纏う空気が重く冷たいものに変化していった。
「…そう。何だかとっても妬けますわね」
エッダの纏う空気の変化を敏感に感じ取ったソルーシュは心の中で幼馴染の騎士を思いつく限りの言葉で罵倒した。あれ程発言に気をつけろと警告したのに。
ヴィルヘルムがこの調子だとエッダのナズナに対する風当たりがさらに厳しいものになってしまう。とにかくナズナとジェラルドが席を外した今、自分がどうにかせねばとソルーシュが重い腰を上げるのだった。
*
晩餐会が開かれている部屋を出て、ジェラルドはナズナの細い手首を掴んだまま使用人達があまり通らない廊下を歩いていた。始めはナズナの希望通り美しいと評判の庭園に向かっているのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。
ジェラルドの私室と思われる部屋に通された。部屋に通される時、ナズナの中にいるエリゴスが低い声で忠告する。
『ナズナよ、何かあった時のためにすぐ我々を召喚出来るようにしておけ』
リュウシンの襲撃を警戒しているのかとナズナは思ったのだが、それも違うらしい。とにかくエリゴスの忠告通りいつでも召喚出来るように心構えだけはしておく。
ジェラルドはナズナに部屋の中央にあるソファに座るよう勧めると、彼もナズナと向き合う形でソファに腰を落ち着けた。一息吐くと、おもむろに謝罪した。
「すまなかったな」
「…え?」
何の事だろうかと首を傾げる。ジェラルドのふさふさの耳と尻尾が忙しなく動き、彼の落ち着かない様子を示していた。
「妹達や…兄の態度だ。我が兄妹達はいつもあんな調子なんだ」
また気遣ってくれたのだろう。ジェラルドの気遣いをありがたく思いながらナズナは微笑み、礼を述べる。
「ええと、別に気にしていませんよ。お気遣いありがとうございます、閣下。
ところで何故閣下のお部屋に?」