夢の続きを見た。
夢といっても、それは過去の出来事を思い返すもの。
途切れ途切れで映る景色の中、中性的な声がナレーションのように入る。
「あなたを信じてお願いをします。どうか私の大事なタマゴを預かって下さい……」
それは、雨が上がった洞窟の外での出来事だった。
「本当は南の地まで一緒に行きたかったのですが、今の状態ではそれは叶いません……。あなたのお蔭で傷は癒えましたが、このタマゴと共に飛ぶのは難しいのです……。お願いします、私がタマゴと飛べるようになるまで……どうか……!」
ファイヤーの必死の懇願にメグミはどうしようかと悩むが、放ってはいられない性分の彼女は大事そうにタマゴを預かった。
「……分かったわ。タマゴは私は守るから安心して。……あなたはこれからどうするの?」
「一度他のファイヤーの仲間達と合流します。安息の地を見つけ、傷が完全に治ったら……」
「この子を迎えに来るのね……。……分かった、約束する。必ずタマゴを守って、あなたに返すわ」
こうしてメグミとファイヤーは絶対の約束を交わし、それぞれの道を歩き始めたのだった……。
僅かに開いたカーテンの隙間から注ぐ弱めの日差しが、メグミの上をゆらゆらと揺れる。
普段起きる時間より眩しい光に、否応なしに目を開かざるを得なかった。
「ん……うぅ~……」
まだ抜け切らない疲れから一度だけ寝返りを打つが、眠る程の眠気は覚めてしまったので、彼女はよたよたとベッドから出て窓に寄った。
締め切られてた部屋の窓を全開にすると、気持ちいい風が顔を撫でる。
「ん~……!いい天気~!」
青い空に柔らかい風。
昨夜の出来事が嘘みたいだった。
(……嘘みたいっていえば……)
そっと毛布をめくると、まだ夢の世界で休むポケモンがいた。
火炎ポケモン、ファイヤー。
でも孵化したばかりなのか、その体はポッポぐらいに小さくて幼い色を残している。
ナナミを倒した後は色々あった。
まずはバショウとブソンがモンスターボールだけを残して姿を消した事。
すぐ近くにまで警察が来ていたから無理はないのだが、アキラはどうしてボールを置いていくんだと怒っていた。
メグミは推測で、彼らにはすぐにポケモンを回復する方法がなかったのではないかと考えた。
何せ研究所が火災と爆発で倒壊したせいで治療させる為の施設がなくなり、仕方なくメグミ達に預けるように置いていったのでは……と。
メグミはそんな事を思いながら、髪をブラシで梳き始めた。
そしてもう1つ思い出したのは、あのバンギラス。
バトルの後、バンギラスが黒い光に包まれたと思うと、なんとヨーギラスに姿を変えたのだった。
退化ではなく、あるべき姿に戻ったんだと兄が言っていた事を思い出すメグミ。
そのヨーギラスは今、手当てを受けて休んでいるそうだ。
そして余談ではあるが、ロケット団であるナナミや生物研究部隊が逮捕されたが、他の部隊などに繋がる供述や証拠が出なかった為に、捜査は行き詰まってしまったらしい。
証拠が出なかった原因の1つに、恐らくイッサが関わったのだろう。
メグミがファイヤーを撫でながら色々な思いを巡らせていると、部屋のドアが遠慮がちにノックされた。
「メグミちゃん、起きたかしら?」
ドアの向こう側に立つ、ジョーイの優しい笑顔が見なくとも分かるような温かい声色。
「あ……起きてます。どうぞ」
「失礼するわね。体の具合はどう?」
「お蔭様でゆっくり休めました。もうお腹ペコペコです~」
「うふふ、なら丁度良かったわ。ご飯を持って来たから食べてね」
持って来られたのは、ほのかに湯気が立つ焼きたての目玉焼きとパンケーキ。
どちらからも香ばしい匂いがする。
「美味しそう~!いただきます!」
「どうぞ。その卵はラッキーのなの。栄養満点だから、しっかり食べてね」
幸せそうにメグミが食事をしている間、ジョーイはベッドの上のファイヤーに寄った。
「健康状態に問題はなさそうね。……私も初めて見るわ。ついうっとりしちゃうわね」
「私も孵化した時はビックリしましたよ。本当にファイヤーが生まれるなんて……」
「ポケモンって不思議ね。その数だけ、未知数の可能性があるんだもの」
ジョーイはファイヤーの背を優しく撫でて言う。
「ファイヤーはね、傷ついた体をマグマに入って治すっていう説があるの。……きっと、メグミちゃんの火傷もファイヤーが治してくれたのね」
あれだけ酷かった腕の火傷も、ばっさり切った髪も嘘のように元通りに治っている。
それを感謝するように、メグミもファイヤーに触れた。
「ヨーギラスも体力が戻って来てるわ。この分だと、もう目が覚めるんじゃないかしら」
しかしジョーイには心配な要素が1つだけあった。
それは、ヨーギラスの心の傷。
「……怪我を治そうとした時にね、意識はないのに治療をすごく拒んだの。……閉ざした心が無意識に拒否したのかもしれないわ……」
「そんな……。あのヨーギラスは何も悪い事してないのに……」
「そうね……。でも、そんな傷もケアするのが私の役目だから心配いらないわ。……ごめんなさいね、ご飯の邪魔しちゃって」
ジョーイは立ち上がると退出しようとドアノブに手をかけた。
「そうだ。メグミちゃんのポケモンも元気になってるから、支度が出来たら受け取りに来てね」
待ってるからと言うと、ジョーイはそっと扉を閉めた。
話す相手がいなくなった部屋にまた静寂が降りた。
メグミは出された食事に手を付けると、久しぶりの温かな人の作った味に笑みを零す。
……ふと、外から声が聞こえた。
どうやらアキラがワタルとバトルの練習をしているようだ。
窓から見える2人の表情は本当に楽しんでいるのが遠くからでも分かる程だったので、彼女も嬉しくなって微笑んだ。
「……やっと戻って来れたんだなぁ……」