船は風と波を切りながら、青色の絵の具を落としたような大海原を駆ける。
思わず目が眩むような強い太陽の光を、メグミは手で隠すように空を見上げた。
「いい天気~……!やっぱり海はいいね、クロス」
デッキから見える景色は一面の水平線。
鮮やかなブルーの海が独特の潮の匂いを放つ。
「風が気持ちいい……。海を渡るなんて久しぶりだね」
クロスも目の前に広がる青い景色に瞳をキラキラさせる。
そんな見事な景色とは反対に、メグミの中に1つの不安があった。
それは―――……。
「メグミ!また1人でいたのかっ?」
声をかけたのは階段を昇って来たアキラ。
「1人じゃないよ。クロスもだよ」
「そうじゃなくて……!いつまたロケット団が狙って来るか分からないんだぞ?」
「ロケット団って……バショウとブソンの事?そりゃあ2人は一応ロケット団だけど、もうポケモンを狙わないって話だし……」
「アイツらの口からはそんな事聞いてないぞ、俺は」
―――そう、これがメグミの不安要素。
まだ自分以外の3人の間を流れる空気は気まずい。
元が敵同士だから無理はないが……。
もう少し様子見ようと言いかけた時、デッキの向こうから船員がやって来た。
「こんにちは。君達はオーレ地方に行くんだったね。荷物の準備は出来たかな?」
「荷物?」
2人は船員の言葉に顔を見合わせる。
「オーレに行くには船の乗り換えがあるんだよ。もう少しで港に着くから、そろそろ支度を済ませた方がいいよ」
「えっ!?そ、そうなんですか!?わ、分かりましたっ!」
初耳だという反応をするけど、メグミは出発際に兄から乗り換えをする事を言われていた事を今更ながら思い出しつつ、一目散に部屋に向かって駆け出した。
そうして大慌てで部屋に飛び込めば、中にはソファーに腰かけて新聞を読むバショウと、荷物を纏めるブソンの姿があった。
「……相変わらず元気が有り余ってるんですね」
「アハハ……。子供は元気が一番だから……ね。そ、そんな事よりもさ、そろそろ港に着くって!」
「ええ。さっきアナウンスで聞きましたよ」
言い終えるとバショウは新聞を閉じてジャケットを羽織る。
部屋の窓からも、水平線に建物が小さく見えて来ていた。
取り敢えず、と簡単に荷物をバッグやリュックに詰め込んで荷造りを済ませるアキラとメグミ。
あとの整理は次の船でする予定にして4人は部屋を出てデッキに足を運んだ。
船の先には灯台の頭が水平線から覗いている。
到着はもう間もなくだ。
「……そういや嬢ちゃん。買い物するもんとか大丈夫か?乗り換えまで時間あるから、行っといたらどうだ?」
「買い物かぁ……。ん~、そうだね。ちょっと行って来ようかな」
そう言うと何故かモンスターボールを手にするメグミ。
「モンスターボールなんかどうすんだ?」
「ヨーギラスに海を見せてあげようと思ってね。ホラ、ずっとあんな暗い研究室に入れられてたんだもん。こんなにいい景色、見てもらわなきゃ。……ヨーギラス!出ておいで!」
投げられたボールからヨーギラスが出て来る。
けれども見慣れない景色に狼狽して、きょろきょろと辺りを見回すとそそくさとメグミの後ろに隠れてしまった。
「……まだ慣れないか……」
「景色もだけど……人にはすっかり臆病になっちゃってるみたいだね……」
しかしこの状態でもかなり良くなった方である。
最初の頃は見る物全てを拒むように暴れて、全く手が付けられなかったのだが、ゴージャスボールの効果と懸命にコンタクトしようと努力した彼女だけには漸く慣れて来たようだ。
「アキラ達の事は、これから知ってもらえばいいよ」
そう言いながらヨーギラスを抱き上げると、デッキ越しの景色を見せるメグミ。
「ヨーギラス、これが海だよ」
初めて見るコバルトブルーにヨーギラスはきょとんとするばかり。
先程のクロスとは違い、海に対しての興味や関心が薄いようで瞳の輝きは少ない。
「……コイツがあのバンギラスだなんてなぁ……」
未だ半信半疑の気持ちを漏らすブソンに、バショウも黙って頷いた。
あの悪夢を振り撒いた凶暴な鎧ポケモンの面影はどこにもなく、少女に抱かれるポケモンが自分達をあそこまで追い込んだとは到底思えなかった。
それに心を閉ざしているというより、ただ臆病な性格にしか見えず、悔しい想いが静かに沸き上がる。
せめてバンギラスになった頃には、この目に見える臆病さがなくなっていればいいのだが……と、耽っているところに汽笛が鳴り響いた。
『皆様、大変お待たせ致しました。当船は無事に港に到着致しました。お乗り換えされるお客様は荷物を持って……』
「おっ。着いたか」
「降りたら薬とか買わないと……!早く降りよ!」
アナウンスを聞いていち早く駆け出したのはヨーギラスを抱き上げるメグミ。
階段まで行くと「早くー!」と、無邪気に笑って手を振った。
それに続くアキラの背中を、バショウとブソンは苦笑いを浮かべながらしばし見つめた。
「子供は元気でいいねぇ」
「その点はブソンと同じですね」
遠回しに『子供と変わらない』と言われたブソンは相棒の嫌味に凄みのある睨みを効かせるも、長年の間柄だけに効果は全くなく、あっさりとやり過ごされるのであった。