「見えてきたぞ!!あれがオーレ地方一番の港、アイオポートだ!!」
エンジン音に負けない強い声で運転席の船乗りが叫んだ。
「おぉっ!ついに着くのかー!」
嬉々としてアキラが窓からの景色を眺めると、灯台や港際の建物がかなり見えてきていた。
立派な灯台の他にも、ユニークな形の建物が軒を連ねている。
「あっという間に着いちゃいそうだね。準備しておかなきゃ」
いそいそと荷物をまとめ始めるメグミ。
しかし、途中でアキラに肩を叩かれて作業は中断させられてしまう。
「どうしたの?」
きょとんと彼に向くと、複雑そうな表情で眉をハの字にしたアキラが言う。
「……あのさ、すっげぇ初歩的な事聞くけど……モンスターボールって、普通は手の平サイズだよな?」
「そうだけど……?」
「だよな……。……俺疲れてんのかなー……」
確かに気疲れはしているけど、と心の中でボヤくと今度はメグミがアキラの服を引っ張る。
「モンスターボールがどうしたの?」
「いや……。気のせいならいいんだけどさ……、灯台の下にすっげぇ大きなモンスターボールが弾んでるように見えるんだよ」
「え?」
そんなバカなと思ったメグミとバショウとブソンが天井を開いて船の上から顔を出す。
ブソンはサングラスを額にずらし、メグミとバショウはたなびく長い髪を押さえながら灯台の下を凝視すると……。
「……本当だ」
呆気に取られたようにメグミが呟いた。
彼の言う通り、本当に巨大なモンスターボールらしき物が港で軽快に弾んでいた。
「何だ?ありゃあ」
「新種のポケモン……でしょうか?」
「モンスターボールにそっくりなポケモンはビリリダマでしょ?でもあの大きさはマルマインかな……?」
それにしても動きがおかしい。
取り敢えず船の中に戻り、4人は顔を見合わせる。
「……見たか?」
「見たよ。巨大モンスターボール」
「やはりオーレには珍しいポケモンがいるのでしょうか……」
「だけどあんなの見た事も聞いた事もねぇぞ」
4人全員がオーレ地方について疑問を抱いて考え込んでいる内に船は港へと到着しようとしていた。
桟橋に足を付けたメグミが空に向かって両腕を伸ばす。
「オーレ地方到着ー!」
やや窮屈だった場所から解放され、新しい地の空気を目一杯に吸い込む。
「まずはどうしますか?」
「当然、アゲトビレッジに行くだけだろ」
目的はそれなんだから、とあっさり言うブソン。
「嬢ちゃん達もそれで文句はねぇな?」
勝手に決めると後々うるさいので、念の為に確認を取ろうと投げかけるが、2人はあさっての方角を見て呆然としている。
「……オイ、話聞いてんのか?」
折角気を利かせたのに流されてしまっては腹立たしい。
ブソンがアキラの肩に大きな手を乗せた直後、2人は強張った声で言った。
「こ、こっちに来てる……!」
「さっきのモンスターボール……!!」
引きつらせた視線の先には、船の上から見た巨大なモンスターボールが奇妙なスピードで真っ直ぐこちらに接近して来ていた。
これにはブソンも驚き、サングラスの下の瞳を丸くする。
しかしその物体が近づくにつれ、それがモンスターボールではない事に気づく。
“それ”は軽快なステップで接近し、3メートルぐらい手前で止まるとくるっと勢いよく振り返る。
「フッホホホ~!君達だねー!さっきの船に乗ってた奴らはー!」
物体の正体は紅白のアフロヘアーの男。
指を弾いたり足でステップを踏んだりするリズミカルな動きは絶える気配はない。
「……あの……?」
「うんうん!やっぱりやっぱり~!僕の思った通りだね~、君達~!」
馴れ馴れしい……以前に怪しい、変な奴など4人の思考は良くない印象がダイレクトに浮かぶ。
片や、バランスの悪い巨大な紅白アフロが気になって仕方がないアキラとメグミは警戒しなければ、と思うのに視点は男のアフロに行ってしまう。
見た目、ユーモラスな姿格好をしているが、ただならぬプレッシャーをも持つ。
「嫌だね嫌だね~!本当、僕の嫌いな目をしてるよ~!やっぱりここで潰すべきだね~!フッホホホ~!」
「!!」
ステップだけは崩さず、唐突に物騒な声を言い出すアフロ男に全員が警戒体勢を取った。
「テメェ……何者だ?」
「ん~?まさかオーレ地方でこのさすらいのトレーナー、ミラーボ様を知らない不届き者がいるなんてね~!」
「……ミラーボール?」
だからそんな頭をしてるのか、とメグミは手を叩くがすぐ怒られた。
「うるさーいっ!!僕を侮辱してタダで済むと思わないでほしいね!!」
そう言うとミラーボは2つのモンスターボールを手にした。
「まずは誰からにしようかな~?」
じっくりと獲物を選ぶミラーボに、メグミ達もボールを取り付けたベルトに手を伸ばす。
「そこの金髪の君も嫌だね~。僕と被るじゃないか~」
「あン?」
とてもじゃないが似つかない容姿を差されたブソンが反応する。
「このオーレ地方でサングラスが似合うのは僕だけで充分だよ~!フッホホホ~!」
サングラスをしているだけで同一に扱われたブソンの額に青筋が浮かんだ。
「ついでに隣にいる君も!」
次にびしっと指を差した相手はバショウ。
“も”という事は、バショウとも何か被っているのだろうかと考えるが、全く思い当たる箇所がなく相棒のようにバショウは動揺した。
「君!クールなキャラは僕だけで充分だよ!大人しく引っ込んでな!」
「…………」
―――温かい太陽に不似合いな冷たい風が港に吹いた。