足場の悪い砂丘を登ると、不時着した様子のオレンジ色の飛行機から黒い煙が立ち上っているのが見えた。
幸い火の手はないようだが、運転手の安否が心配される。
砂漠でも身軽に動ける相棒のクロスと共に、メグミは飛行機が不時着した場所へと駆けるが、運転席に人影はなかった。
……代わりにではないが、飛行機の下部から何やら作業音が聞こえる。
その方へ目を向けると、飛行機から出ていた黒いズボンと赤い靴が見えた。
この人物が飛行機の操縦士なのだろう。
そう決定づけた瞬間、その人物から声をかけられた。
「そこに誰かいるのか?」
恐らく影を見て言ったのだろうが、相手から声をかけられるのを予想していなかったメグミは「は、はいっ!!?」と裏返った声を上げつつ、驚いて肩を跳ね上げる。
「丁度いい!そこの箱からドライバーを取ってくれ!」
低めの声からして相手は男性だろう。
言われるメグミの足元には黒い箱の中に整備用の道具が多く詰められていた。
しかし彼女はこんな物に触った事がないので、何が何なのかさっぱり分からない。
「これ……かな?」
問いかけるクロスも知るはずがない。
すると操縦士からまた指示があった。
「赤い持ち手の、先が鋭いのだ!」
「赤で先が鋭い……?」
それらしい物を見つけると飛行機の下へ潜る男性が手だけを出してくる。
「サンキュー!……ん?あっ、もしかしてそこにいるのはサンドパンかっ?」
ドライバーを渡すと、地面との僅かな隙間から見えた足からクロスの存在を認知した男が言った。
今度はクロスに頼みがあるようだ。
「丁度いい!すまないが、ちょっとこっち来てくれないか!?」
顔を見合わすメグミとクロス。
でも相手は困っているようだし……と、クロスは柔らかい砂の海を潜って地下から男性の所へと移動した。
「黄色の配線を切って、奥に見えるネジを取ってくれないか?ドライバーとペンチじゃあ上手くいかないんだ」
指差された機械部はコードや基盤があちこちに網羅している。
彼は素人には理解出来ないものを全て熟知しているのだろう。
言われた通りに指示を熟すクロス。
すると、今度は何もする事のなくなったメグミに指示が飛んで来た。
「ちょっと運転席を見てもらえるか?」
「運転席……ですか?」
相手の顔も分からないのに、つい敬語になるメグミ。
「運転席のパネルがあるだろ?赤いランプが点灯してるか?」
パネルを覗き込むと、男性の言う通りに赤いランプが光っている。
「はい、光ってます」
「そうしたら、一番右のレバーを引いてくれ!」
「右のレバー……。これね」
指示通りにした途端、下から悲鳴が聞こえた。
驚いたメグミが操縦席から見下ろすと、なんと飛行機の下から黒い煙が吹き出していたのだ。
あっという間に彼女も煙に包まれ、辺りは何も見えなくなる。
視界ゼロの中、メグミはポケモンの力を借りて煙を払おうと考えるが、適した技が使えるポケモンがいない事に気づく。
(クロスは飛行機の下だし、アルダとレーベは煙を吹き飛ばす技は使えない……。それに万一、燃料に技が当たったら大変な事になっちゃう……!アリスもヨーギラスも煙を払う事は出来ないし……あとは……!)
残されたボールの存在に気付いた瞬間、触れてもいないボールから光がほとばしった。
現れたのはファイヤーで、まだ小さな体を全部使うように力強く羽ばたき、煙を吹き飛ばす。
ホッとしたのも束の間、メグミはファイヤーの存在が露わになる事に気づいて急いでファイヤーにボールを向けた。
「も、戻って!!」
しかし久しぶりのボールの外が嬉しいのか、ファイヤーはボールから放たれる光から逃げてしまう。
「あぁっ!ダメだってば!」
すっかり煙は晴れて視界は良くなってしまった。
(もしファイヤーが見られちゃったら大変なのに~っ……!)
焦るメグミに反してファイヤーはボールに戻る様子は全くない。
万一、操縦士に見られてしまったらアキラ達に大目玉を喰らってしまう。
もしそうなったら、3人から怒鳴られたりネチネチと長い説教をされるのが目に見えている。
メグミが感じる恐怖は想像で更に煽られた。
「お願いだから戻ってよ~!じゃないと見られちゃう~!」
そんなメグミの必死な思いも虚しく、ついにその時は訪れてしまった。
背後から物音と共に咳き込む男の声が。
「っあ~……!やっと出られたぜ~……!」
「!!」
飛行機の下から話していた時のこもっていた声とは違い、気持ち良く通った声が耳に届く。
振り返るまでもなく、操縦士の男性は飛行機の下から出て来ている。
メグミがゴクリと固唾を呑むと、男が驚いた声を上げた。
姿を見られるだけでも大問題なのに、なんとファイヤーが男性の頭に乗っていたのだ。
(っきゃああああーっ!!?)
声に出なかった悲鳴が頭の中でこだまする。
もうどんな対処をしたところで誤魔化すのは不可能だろう。