長閑だったアイオポートの一角に緊迫した空気が流れる。
海から流れる潮風に謎のトレーナー、スーラの長めの髪だけが揺れた。
ダツラはそのスーラと彼女の相棒、ブレスを帽子の下から睨んで唐突に言葉を放つ。
「……オイ、ここは危ないから離れてな」
言葉を向けたのは、背中側で座り込むザックにだった。
「は、はいっ!」
ザックが言われるままに這って店の裏手に逃げると「待ちなさいよ!!」とブレスが叫ぶ。
「オクタン砲で足止めするのよ!!」
自分の名の付いた技の指示に、ブレスのオクタンは黒い墨の塊をザックに向かって放った。
それをダツラが店に立てかけてあった板で防ぐと、呆れたように言う。
「やれやれ……。足止めにしちゃあ、随分と物騒な事をするな」
「邪魔する気!?」
「庇い立てするってんなら、アンタから倒してやるわ!!第一、私達が誰だか知ってるの!?」
スーラが得意げに言うと、2人はポーズを取ってこう叫んだ。
「あのシャドーの幹部、ミラーボ様の右腕……それが私達、ブレスと!!」
「スーラなのよ!!」
いかにもな効果音が入りそうな意気込みだったが、それを見たダツラからは
「……で?」
と、あまりに短く冷めた言葉だけが返された。
当然この温度差にスーラ達はひどく憤慨する。
「し……信じらんないっ!!ミラーボ様を知らないって言うの!?普通なら、ミラーボ様の名前を聞いただけで震え上がるはずなのに……!!」
「構う事はないわ、スーラ!!私達の仕事はレオのバイクを壊して、作戦の足止めをする事よ!!その為にはまず、この男を倒すわよ!!」
ブレスがバトルを予兆させる言葉を吐くと、彼女達のポケモンが攻撃する体勢を取ってダツラの前に立ち塞がる。
「まさか1対2でダブルバトルとは、流石の俺も初めての経験だが……まあいい」
ダツラは腰のベルトに手を回し、2つのボールを選んだ。
「サイドン!ライボルト!頼むぞ!!」
オクタンとマンタインに対抗してダツラが出したのは、ドリルポケモンと雷電ポケモン。
ライボルトはともかく、サイドンは相性でかなり不利なはずだが……。
「楽勝ね!」
「私達のポケモンに、まさか岩と地面のサイドンなんて笑っちゃうわ~!」
嘲り笑われても、ダツラの表情は一片も変わらない。
寧ろ彼からは強い貫禄が感じられる。
「……何か気に喰わないわね、アンタのその目……!マンタイン!バブル光線!!」
「オクタン!オーロラビームよ!!」
開始早々に効果抜群の技が一斉にサイドンに放たれた。
「ライボルト!電撃波!!」
吠えるライボルトが放出した青白い電撃がオーロラビームを掻き消し、そのままオクタンに命中する。
だがマンタインのバブル光線はそのままサイドンに向かっていた。
直撃すればダメージは通常の4倍にもなってしまうが……。
「バブル光線を角で突け!!」
サイドンの鼻の角が鋭く光ると、かなりのスピードで向けられた泡の光線を1つずつ確実に破壊し、見事ダメージをゼロにしてみせた。
「う……うっそぉーっ!?」
「もしかしてこのトレーナー、めちゃくちゃ強いんじゃないの!?」
一度の攻撃でダツラの強さを体感する2人だったが、今更引く訳にもいかないようだ。
「だけど私達のポケモンだって、他のポケモンなんかより強いんだから!ブレス、やるよ!」
「OK!オクタン!ダークアタック!!」
「マンタインもダークアタックよ!!」
その攻撃はダークポケモン特有の技。
ダツラはこの時初めて驚きを顔に表した。
そして間髪入れずにダークアタックがライボルトとサイドンに直撃すると、2体共大きく吹き飛ばされてしまう。
(サイドンまで吹き飛ばした……!?今の技は一体……!?)
しかし技を放った相手側も苦しそうに顔を歪めている。
捨て身タックルや突進のような、大きなダメージを与える代わりに反動を受ける技なのだと即座に理解すると、ダツラは勝負に出た。
「ライボルト!マンタインに電磁波!!」
素早さで分のあるライボルトの状態異常技がマンタインの自由を奪う。
けれどほんの一瞬、雷電ポケモンが気を緩めた刹那に黒い塊が顔面に命中した。
突然視界が塞がれて驚いたライボルトが弱々しく鳴きながら乱れた足取りで動き回ると、覇気のある声がその動きを制止させる。
「ライボルト、落ち着け」
その低く逞しい声は、決して怒鳴りつけたり力で抑制するものではなかったのに、とても強い信頼感を与えるようだった。
ライボルトは主の声に落ち着きを取り戻すと、目を閉じたまま脚を揃えて凛々しく姿勢を真っ直ぐにする。
「これで厄介なライボルトの動きは止められたわ……。スーラ!今の内にサイドンにトドメといくよ!」
再度2体がダークオーラを纏った。
「またあの技か……」
しかしダツラは防御は回避の指示は一切出そうとしない。
迫る2体のダークポケモン。
ブレスとスーラは自分達の勝利を信じ、笑ってその様子を眺めていた。
そして―――……。
『ドォンッ!!』
鈍く大きな音が響く。
(やった……!!)
2人組は同じ歓喜を感じていた。
確かに攻撃はサイドンの腹部に命中している。
効果抜群のダーク技が2体分、しかも同時に当たれば戦闘不能は間違いない。
そう踏んでいたブレスとスーラの表情が、直後に一変した。
倒れると思われていたサイドンが強硬な両腕でマンタインとオクタンを羽交い締めにしたのだ。
「えぇっ!?そんな……!!」
「私達の攻撃が効いてないの!?」
「俺のサイドンの防御力、舐めてもらっちゃあ困るぜ。サイドン!そのまま押さえつけろ!!」
両腕の力が強くなり、オクタンもマンタインも逃げる事は疎か、もがく事すらも出来ない。
「ライボルト!トドメの雷だ!!」
咆哮するライボルト。
けれど目が見えない状態で放った雷は真上に向かい、到底命中しそうにはない。
「残念!そんな攻撃、当たりっこないわよ!」
ブレスが鼻で嗤うと、ダツラはそれに対して口元をつり上げた。
「それはどうかな?」
その微笑みは、絶対的なものを確信している微笑み。
すると当たるはずがないと思われていた雷が空中で方向を変え、真っ直ぐサイドン達に向かい出した。
「えぇええぇっ!?」
「どうして!?」
「バトルでポケモンの特性を活かすのは基本中の基本だぜ」
ダツラが言うや否や、大きな雷はサイドンも巻き込んでオクタンとマンタインに強烈なダメージを与える。
思わず目を細めたくなる程の閃光が治まるなり、サイドンが腕の力を弱めて2体を解放してやるが、もうどちらにも戦う力はなく完全な戦闘不能状態となっていた。
「いやぁ~っ!!私のマンタインがぁ~!!」
「しっかりしてよオクターンッ!!」
2人が泣きそうに言えど、どちらのポケモンも目を回して動かない。
ブレスはショートカットの赤茶色の髪を揺らしてパニックを起こしている。
「どうしてさっきの雷が当たったのよォ~!?」
「どうしてって……サイドンの特性が石頭と避雷針なのは常識だろう?サイドンは地面タイプだから、どんな電気技も効果がないしな」
「お説教ならいらないわよっ!!……ど、どうするブレス!?」
「どうするも何も……ダークポケモンで負けるなら、他のポケモンに勝てる見込みなんてあるはずないし……!だって私が持ってるのはアズマオウとアリアドスとラブカスで相性悪いし……」
「それを言ったら、私だってサメハダーにヤンヤンマ、エイパムとオオタチだもの……」
ダツラは黙って成り行きを見、いつでもバトルになってもいい姿勢を保っていると、2人が勢いよく顔を上げてこちらを睨んできた。
「!」
身構えるダツラとポケモン達。
ところが、スーラの表情が引き攣ったと同時に2人は踵を返して走り出した。
「逃げるが勝ちよっ!!」
「覚えてなさいよーっ!!」
悪役の決まり文句を叫びながら、アイオポートから逃げ出すスーラとブレス。
ダツラはそれをただ呆然と見るしか出来ず、動けるようになったのは2人の姿が完全に見えなくなってからの事だった。
「変わったポケモンを使うトレーナーだったな……」
サイドンをボールへ戻し、汚れてしまったライボルトの顔を綺麗にしてやる為に、ポケットから出したハンカチで顔を拭いてやるダツラは呟く。
「ダークポケモン……か」
真剣な眼差しがライボルトからハンカチに向けられると、彼は思い出したように目を見開いた。
ライボルトを拭いてやった白かったハンカチは、自分の物ではない。
飛行機で不時着した現場に居合わせたメグミが貸してくれた物だ。
ふと、アイオポートから経った彼女達が気になったダツラが空を仰ぐ。
(まさか今みたいなポケモンが、このオーレ地方にはまだいるんじゃあ……)
過ぎる不安を口に出さず、ただダツラは穏やかさを消した眼差しを真っ青な空に向けた。