フェナスシティを発ち、パイラタウンを目指すまでは良かった。
道中何があったかと言えば、まずメグミのP★DAが鳴った。
「あ、電話だ」
利き手でP★DAの通話ボタンを押せば、幼い元気な声が自分の名前を呼ぶ。
「メグミさん!リュウトです!今どこにいるんですかっ?」
「今はパイラタウンに向かってる途中だけど……どうしたの?」
「1つ伝え忘れてた事があって……。メグミさんのP★DAにマップ機能を付けた時、もしかしたらポケスポットの機能も付いたんじゃないかと思ったんです」
「ポケスポットって……」
前に聞いた、ポケまんまを置くと稀に野生のポケモンが現れる場所の名称だ。
「僕も今洞窟のポケスポットにいるんだけど、ウパーがたくさんいるんだ。場所が分かれば、メグミさんも来れるんじゃないかと思って……」
リュウトの口調は純粋な少年のままで、今までたくさんのポケモンが一斉にいる場面を見た事がなかったのだろう。
別段珍しくないが、メグミはリュウトの気遣いを汲み取り
「教えてくれてありがとう。時間を見つけて行ってみるね」
と答える。
そして少々のやり取りの後にP★DAの通話を終了した途端、ブソンが突然ハンドルを大きく切った。
「わっ!?ブソン、急に何っ!?」
「バショウ、先にパイラタウンに行ってろ。俺達は野暮用だ」
返事を聞かず、ブソンはメグミを乗せたまま北の方角へとバイクを走らせてしまう。
「オ、オイ!メグミがいなきゃ方向が分からないだろーっ!!」
アキラの声もバイクで巻き上がる砂煙で届く事はなく、取り残された2人は呆然と彼らが去った方向を見遣るしかなかった。
「何なんだアイツは~……」
「ブソンの考えはたまに分かりませんから……」
「つーかさ!どうするんだよ俺達!地図持ってるメグミがいないと道が分からないじゃんか!」
「しかしここで立ち往生する訳にもいきませんし、少し進みましょう」
怒りを露わにするアキラに対し、バショウは至極冷静だ。
「お前って本当……」
淡々としているな、と喉でつかえた。
今更言うまでもないと判断したアキラは言葉を飲み込んで、睨むようにバイクの前方を見た後に声を漏らす。
「あ……。もしかして、パイラタウンってあれか?」
言われたバショウもそちらに向き直る。
見えたのは、大きな大きな羽根がゆっくりと回る景色と、継ぎ接ぎの建物の屋根。
「発電所でしょうか……」
「とにかく行ってみようぜ」
「そうですね。ポケモンセンターにでもいれば、2人もすぐ分かるでしょう」
そしてバショウが運転するバイクがパイラタウンに向かった頃、もう一方のバイクに乗った2人はというと―――……。
飛ばしていたスピードが落ち、バイクはある洞窟の前に停まる。
メグミは入口の看板に書かれた文字を読むと、ここがリュウトの話していたポケスポットだと知った。
「ここがそうなんだ……。バイクがないから、リュウトくんは帰っちゃったみたいだね」
くるりと振り返るがブソンはそこにおらず、先に洞窟に入ろうとしていた。
その大きな背中を追って走るメグミは、洞窟の中を見て声を上げる。
「わあ、広~い!」
鍾乳洞のようなスペースにはポケまんまを置く為の台と、その近くに水で濡れた跡が。
「ブソン、これってウパーの足跡かな?」
漸く反応を見せるブソンはサングラスを額にずらして、彼女が指差す小さな足跡を見遣る。
「そうみたいだな。まだ乾き始めてないし……探せば近くにいるんじゃねぇか?」
言いながら指を滑らす地面には、たくさんの足跡が近くの水場にまで並んでいた。
濡れた体のまま食べて乾く間もなく戻ったのだろうと推測し、ブソンは足跡の先へ進む。
「餌を仕掛ければ、すぐ出てきそうだな」
「本当っ?でもポケまんまは持ってないんだよなぁ……。あるのは……」
メグミがバッグから出したのはポロック。
味も滑らかさもなかなかの質だが、ポケモンを引き寄せる程の匂いはあまりない。
「これじゃあポケモンも来ないよね……。……あれ?」
何ともなしに視線をずらすと、メグミの目に光沢のあるものが止まった。
暗がりで全貌は見えないが、背格好からだけでもココドラだというのが分かる。
「見てブソン!ココドラだよ!」
「別にココドラなんて珍しくねぇだろ」
「オーレ地方では珍しいかもしれないよ」
するとメグミは腰を下ろして両手を前に出す。
「おいで。美味しいお菓子があるよ」
しかし一向に物陰に隠れて出て来ないココドラ。
どうにかして警戒心を解きたいと思うメグミは、同じタイプのポケモンならいいのではないかと思い付くも、鋼タイプは持ち合わせていなかった。
一瞬だけブソンのエアームドが浮かぶが、彼が貸してくれるとは到底思えない為、ならばとメグミが取り出したのは黒い光沢のゴージャスボール。
ココドラのもう1つのタイプ、岩同士なら……と考えてヨーギラスを出したのだ。
ところがヨーギラスは見慣れぬ暗い洞窟に臆して、慌ててメグミに飛びついてしまう。
すると、これが却っていい効果を生んだ。
同じ岩タイプのポケモンが、あの人間の傍に行っても安全だ。
ココドラはそう判断すると、トコトコ近づいてメグミの足元に擦り寄った。
「へえ、やるな」
「本当は違う流れの予定だったけどね……」
結果オーライだと微苦笑を浮かべながらココドラの頭を撫でるメグミであったが、そのすぐ後に違和感を感じた。
それはまるで、体が沈むような……。
『ピシッ』
音がした時は、もう遅かった。
トレーナー2人と、合わせて130キロになるポケモンが同じ箇所に集まったせいで地盤が耐えられなくなり、足場が一気に崩壊した。
「きゃあああっ!!」
悲鳴を上げながら落下するメグミの体が、突然強く引っ張られる。
(ブソン……!!)
抱き留められた直後、2人の体があっさり地面に着いた。
しかし体はその場に留まらずに傾き始める。
「え……」
引き攣るブソンとメグミは、そのまま巨大な穴の坂を猛スピードで滑走して行った。
「なぁっ……!?」
「ええぇえぇぇえぇ~っ!?」
何故かヨーギラスもパニックのあまり、涙目でブソンの腕に必死にしがみついていた。
長い長いスライダーとメグミの悲鳴が切れたのは同時で、2人は勢い良く地面に落ちるように着地した。
「いったぁ~……」
「っつ〜っ……!ひでぇ目に遭ったぜ……」
ブソンは腕に張りつくヨーギラスをメグミに投げ渡してから辺りを見渡すが、暗くて何も見えない。
そしていつの間にか、あのココドラもいなくなっていた。
「嬢ちゃん、地図は使えるか?」
「ちょっと待っ……痛ッ!!」
立ち上がった直後に短い悲鳴が漏れる。
「どうした?」
「足が……」
痛そうに彼女が押さえるのは、左の足首。
ブソンは荷物を降ろして、中からペンライトを取り出す。
「見せてみな」
言うなり、ペンライトを口にくわえながら靴を脱がせて患部を看るブソン。
一応痛まないようにするが、少し動かしただけでメグミは目をギュッと瞑って痛みを表す。
「今ので捻ったみたいだな」
次に取り出したのは包帯と冷却スプレー。
患部を冷やして包帯を巻いてやると、彼女は下を向いて落ち込んでいるようだった。
それでもブソンは黙って作業をし、応急処置を済ませる。
「簡単な処置は済んだが、あまり動かない方がいいな」
そう言って彼女の隣に座るブソンだったが、途端に空気が重くなる。
チラリと隣を見遣れば、心なしか紫水晶の色をした瞳がこちらを睨んでいた。
―――そして、現在に至るのだ。