パソコンが何台も置かれた狭い部屋からキーボードを叩く音が引っ切りなしに聞こえて来る。
その部屋に入る男の胸には赤い『R』の文字。
「イッサ隊長、お茶が入ったんで、少し休みませんか?」
機材から離れたブレイク用のテーブルに置かれたコーヒーが、隊長と呼ばれた男の嗅覚を程よく刺激する。
「あと5秒だけ待ってくれ」
「はい。分かりました」
心の中でカウントダウンをすると、彼はきっかり5秒した後に椅子を半回転させて部下に向き直った。
「はあ~、やっと終わったぜ」
「お疲れ様です。でも流石はイッサ隊長ですよ。あの膨大な資料をもう纏めるなんて」
「このぐらい出来なきゃ、情報工作部は務まらないぜ」
皮肉を込めてイッサは部下の額を笑って小突く。
部下はその額を押さえて苦笑いすると、漸く仕事を終えてカップに手を伸ばす隊長にバツの悪い視線を送る。
「実は先程、情報工作部に依頼が来まして……」
カップがイッサの唇に触れる寸前で止まった。
そのまま一口も飲まずにコースターに置くと「どこからだ?」と短く尋ねる。
「兵器開発部です」
「……内容は?」
「どうやら以前のデータのバックアップに異常があったらしく、確認と調査を我々に頼みたいと……」
「やれやれ……。コーヒーの一杯ぐらい、のんびり飲ませてほしいもんだな」
イッサはキャスターの付いた椅子に座ったまま、床を蹴る反動で部屋の中を移動すると、さっきとは別のパソコンの前に止まった。
「自分の部隊の情報管理ぐらいは自分でやってほしいね」
ロケット団のメインコンピューターから部隊のデータにアクセスし、頼まれた不具合を確認にかかる。
(大方、パスワードを忘れて無理にデータを開こうとしたんだろうな)
最初はそう思っていた。
しかし、イッサの指が突然凍ったように止まる。
ロケット団の外部からの強行なアクセスが確認されたのだ。
「……隊長?」
様子を察する部下もパソコンを覗いた後に驚きを表す。
「た、隊長……これは……!?」
「どうやら俺達に喧嘩を売りに来た、無謀な奴がいるらしいな」
イッサの青い瞳が鋭く光った。
まずはそれ以上の侵入を防ぐ為に外部ルートを遮断し、次にどこのデータに侵入されたのかを調査する。
(一番怪しいのは、やっぱりここだろう……)
蟻の巣のように枝分かれするデータの群れの中の1つを迷う事なく選択すると、画面に危険を示す大きなエクスクラメーションマークが表示された。
「ビンゴ!」
「このデータ……兵器開発部のじゃないですか……!!」
「ああ。喧嘩を売りに来ただけじゃなく、俺達の二番煎じをしたいらしいな」
上等だと呟く彼の笑みは黒かった。
見逃してやるつもりは更々なく、強者に牙を剥いたら無事では済まない事を、弱者に思い知らせてやらねばならない。
イッサはモンスターボールからポリゴン2を出すと、特殊な機械の上に置いた。
「逆探知したら戻って来い」
命令を受けたポリゴン2の体が粒子化して機械の中へと吸い込まれるように消える。
「俺はその間に、もう少し詳しく調べておくか」
「一体どのデータをハッキングされたんですかね……」
「それを今から調べるんだよ。お前は他の部隊のデータが大丈夫か調べておいてくれ」
「はい!」
部下もパソコンの前に座って、侵入された形跡がないかの確認に入る。
イッサは兵器開発部のデータを詳しく調べ、どの情報をハックされたのかを見ると、睨むように細められてた彼の瞳が徐々に見開かれていった。
「…………!」
意識しないで唾を飲み込んだと同時にポリゴン2が戻る。
けれどもイッサは気付いているのかいないのか、固まったように画面を見つめるだけ。
「……イッサ隊長?」
呼ばれた彼は返事をせずに俄かに立ち上がると「すぐ戻る」とだけ言い残して部屋から出て行った。
「隊長……?」
去ったイッサが最後に見ていたパソコンを覗き込むと、画面には『クリスタルシステム』と表示されていた。