バショウが部屋に戻ると、忙しそうにノートパソコンのキーボードを叩くイッサの姿がまず目に入った。
「……ああ、バショウか」
イッサは軽く彼に視線をずらして特に気に止める素振りもなく、また画面に目線を戻した。
「……彼女は?」
今度はバショウが言うが、答えは無言でベッドを指差される行動で返された。
イッサなりの気遣いだろうか、ぐっすりと眠っているメグミを起こさないようにしたらしい。
「よっぽど疲れてたんだろうな。熟睡してるぜ」
「……あのポケモンは?」
眠るメグミの傍らには寄り添うように一緒に眠るポリゴン2がいた。
勿論メグミのモンスターボールはバショウが持っているから彼女の物ではない。
だとすると……。
「俺のだよ。情報工作部には必須のポケモンだからな」
そう言い、せっかちに動かしていた指の速度を落としてパソコンのディスクを慣れた手際で入れ換え、また急くようにキーボードを叩きだす。
「……私が聞きたいのはそういう事ではありません。何故彼女にポケモンを渡したのかを聞いているんです」
癇に障ったのか、バショウは僅かながら不機嫌そうにして言った。
「別に深い理由はないって。ただ眠れないからポケモンを貸してくれって言われただけだよ」
最後に「独りが嫌なんだとさ」と付け足され、バショウは理解し難い返答に困って眉を寄せる。
「……イッサがいるじゃないですか」
「そういう事とは違うんじゃないか?上手くは言えないが、ポケモンとじゃないと安心しないっつーか……ふぅ……」
会話中、ほとんど画面から目を逸らさなかったイッサがこの時になって目頭を押さえて顔を天井に向け、座りながら大きく背伸びをした。
長時間に渡ってパソコンに向かい続けただけあって、かなり疲れたようだ。
「……理解に苦しみますね。……それよりも、そちらは順調ですか?」
バショウにしては珍しく投げやりのように話題を変えた。
イッサの前に置かれたパソコンを脇から覗き、画面に映るものを見澄ます。
「ああ。今ハッキングが済んだところだ。セキュリティが何重にもなってたのを見ると、余程機密にしておきたかったんだろうぜ。何しろ奴の“最高傑作”らしいからな」
「……完成予定は?」
「最悪だぜ。もう時間がない」
短く鋭い答えにバショウは目を細めた。
「このままでは……」
と、その時ブソンがドアを豪快に開いた。
その腕には彼のがさつさを現したような、ぐしゃぐしゃに丸められた毛布が抱えられている。
「それ……どうした?」
イッサは顎と視線で抱えられた毛布を差す。
「ナナミの奴が嬢ちゃんの見張りをしろだとよ。ったく……最初っからそのつもりだったってのに……本当に腹立つぜ」
気に食わない、と言うようにブソンは不満を吐き捨てて毛布を投げた。
バショウはそれを受け取るとメグミの方をちらっと見た。
「……ブソン、ナナミは私達で見張りをしろと……?」
「ああ。折角借りたこの階の他の部屋も、結局は大して使えねぇって事だ。勿体ねえよな」
「じゃあ俺が使ってやろうか?」
イッサがそれなら、と名乗り出るがブソンは笑いながら皮肉る。
「残念だったな。お前もナナミのご指名で俺達と一緒に嬢ちゃんの見張りだ」
「俺もかよ!?3人で見張る必要があるのか!?」
「……それだけナナミが彼女を危険だと認知しているのでしょう。……我々からすれば不本意ですがね」