時は遡り、メグミが気分転換にブソンと研究所を回っていた場面となる。
広いラボに団員の姿は指折りでしかなく、機械だけがうるさく稼動していた。
「ここは何の部屋なの?」
「タマゴを孵化させる所だ。あそこの棚にタマゴが並んでるのが見えるか?」
ブソンに言われ、メグミはサンダルの爪先で立つぐらい背伸びをしてガラス越しに彼が指差した先を覗く。
するとそこには数え切れない程のポケモンのタマゴが配列されていた。
「すっごーい、あんなにタマゴがあるの、初めて見た……!」
「ああやって訓練用のポケモンを育てるんだよ」
「へえ~っ……!」
驚嘆の声を上げていると、通路の反対側のドアが開いた。
出て来たのはナナミとその部下だ。
「げっ……」
メグミはナナミを見るなり、露骨に嫌な顔をしてブソンの後ろに隠れる。
どうにもこの男は彼女の苦手な部類に入るようだ。
そんなナナミは2人の姿を発見するなり、不機嫌そうに口を開いた。
「こんな所で何をしている?」
「何って……ただの散歩だよ。あんなに狭い部屋に4人は窮屈だしな」
「なら何故その娘を連れ回している?」
「アンタの立派な研究を見せてやってるだけだよ」
ぬけぬけと返答するブソンに苛立ったのか、ナナミがギロリと隠れるメグミを睨めば、彼女の肩が小さく跳ねた。
「小娘ごときに私の偉大な研究が理解出来てたまるか!そもそもお前がファイヤーのタマゴさえさっさと渡していれば私は……!」
怒声を発してメグミの華奢な腕を強引に引っ張ると彼女は小さい悲鳴を上げた。
「ぃたっ……!!」
「や、やめて下さい!」
その腕を解放したのはブソンではなく、ナナミの従者だった。
ブソンは感興して腕を組みながら、黙って事態をただ傍観する。
「彼女に八つ当たりしたって仕方ないでしょう!?そんな事しなくても、プロジェクトの完成は間近じゃないですか!それに今問題を起こして、これまでの苦労を無駄にしてもいいんですか!?」
息を荒げ、肩で大きく呼吸をする部下を見て、ナナミは舌打ちをする。
「下っぱの分際で生意気な事を……」
「っ……!もうアンタの下で働くのなんてうんざりだ!クビにするなり勝手にしろよ!!」
ナナミの額に青筋が走る。
そして「言われなくてもそうしてやる」と部下に罵声を浴びせ、メグミ達が入って来たドアの向こうへと消えた。
「あ……すみません、ブソンさん。こんなところをお見せしてしまって……」
「いや?いい啖呵の切りっぷりだったぜ。俺は見ててスカッとしたけどな」
申し訳なさそうに頭を下げる部下とは反対に、景気良く笑うブソンに冷たい視線を向けてメグミは盛大な溜息を吐く。
「本当にブソンって野蛮……。乱暴だし、性格自体が粗雑よね……」
メグミは過去の彼の行動を思い出しては呆れ返った顔で睨む。
ブソンも軽蔑の眼差しを向けられている事に気づくが、特に気にしない様子でラボの中央を見遣る。
つられてメグミもそちらの方に向き直すと……。
「……何?あの大きい岩みたいなの……」
初めてそれを目にした彼女は驚異とも受け取れる声で言った。
威圧感を醸し出すそれは、たくさんのコードに包まれるように存在した。
「あのタマゴは今回の……いや、これまでのプロジェクトの最高傑作とも言える物です」
男が自慢げに答えるがメグミにはそれがタマゴには見えなかった。
それどころか湧いて来た感情は……。
「私……あれが怖い……」
まるで恐ろしい程の破壊の力を持つ何かを、無理矢理に抑制しているようでただ怖かった。
メグミは怖気を震い、ブソンの服の裾を弱々しく握る。
「ごめん……。気分が悪くなっちゃった……。もう部屋に戻りたい……」
「……ああ、分かった」
様子を察し、いつものようにからかう事もなくブソンは静かに了承した。
そんな彼らを見、男が口を開く。
「あの……良かったら医務室が空いてますが……」
その言葉に一瞬反応し、足を止める。
しかし彼は
「そんな所に行ったら余計に嬢ちゃんの具合が悪くなっちまうからな。悪ィが遠慮させてもらうぜ」
と、それだけ言ってまた進み出したのだった。