「嬢ちゃん、方向はこっちで間違いないな?」
「レオにP★DAにオーレ地方のマップ機能を付けてもらったから、間違いないよ!」
運転するブソンが後ろにしがみつくメグミに問いかける。
メグミは片手だけブソンの腰に回してバランスを保ちつつ、もう一方の手でP★DAを操作して現在地と目的地を確認して誘導していた。
「もう少ししたら、ラルガタワーって施設が見えて来るよ。そうしたらフェナスはすぐみたい」
「何だ?そのラルガタワーってのは」
「すっごく高い塔のバトルコロシアムなんだって。中にはバトル以外のゲーム施設もあるとか……」
つまりは娯楽施設かと話をまとめようとしたブソンの肉眼で、そのラルガタワーが俄かに確認出来た。
殺風景な砂漠の中に天高く伸びる白銀の塔は、その存在感を強く知らしめる。
休憩を兼ね、ラルガタワーの前にバイクを止める一行。
「たっけぇ~……」
見上げるアキラは口を開いたまま塔の頂きを見ようとするが、ほぼ真上にも頂きは確認出来ない。
代わりに見える太陽が眩しく、アキラは手を翳して目を細める。
「……レオから聞いたけど、このタワーはシャドーが関わったんだって。でもレオがその時のボスを倒したから、今は普通に公開してるみたいよ」
「この塔がねぇ……」
半分だけの興味にブソンが呟くと、再びエンジンを蒸かした。
「何にしても、フェナスで換金しないと何も出来ないんじゃあ仕方ねぇか。早ェとこ行くぜ」
「はーい」
地図を持つメグミを乗せたバイクが先に動き出し、続いてバショウが運転するバイクもエンジンを速く回転させる。
「出発しますよ」
一応、後ろに乗る敵意剥き出しの猛獣使いにそれだけ言ってバイクを走らせるバショウ。
そんな彼とアキラの静かな攻防はアゲトを出てからずっと続いていた。
「……掴まっていないと、振り落とされますよ」
「お前に掴まるぐらいなら、無理な体勢でバイクにしがみついてた方がマシだっ!」
そう言って何度バイクから落ちかけたか。
「君が怪我をしたら、彼女が困るんじゃないですか?」
「メ、メグミを引き合いに出すなよ!」
「では彼女は心配しないと?」
「うっ……」
自己犠牲なんて程ではないが、確かにメグミは自分が無理をしても他人の為に努力するタイプだ。
ここでつまらない意地を張って怪我をしたら、彼女はどう思うだろうか。
アキラは短い葛藤の末、バイクのシートを掴んでいた手をそろそろとバショウのジャケットの裾に移動させる。
「い、言っとくけど別にお前に言われてじゃないからな」
「分かってますよ。……揺れますよ」
「え?おわあっ!?」
激しい砂の段差で弾むバイク。
咄嗟に裾を掴んでいたアキラは、反動で勢いよくバショウにしがみついた。
「ビ、ビックリしたっ……!!」
「隆起が激しいですからね」
「だ、だったら少しスピード落とせよっ!」
「そんな事をしたら、先導するブソン達に置いていかれます」
「…………」
ことごとく淡々と返されたアキラはついに黙りこくる。
ホバータイプのバイクでも、どうしても高低差がある所では衝撃が出る為、またバショウから揺れると予告が。
しかし今度はさっきの倍ぐらいの段差だったので、衝撃も比ではない。
「い、今っ……浮かなかったかぁっ!?」
「浮きましたね」
「どうしてお前はそんなに冷静なんだよっ!」
「運転する私が慌てふためいたら、後ろの君が困るでしょう?」
「……それもそうか」
変に納得させられると、前を走るバイクがスピードを緩めて隣を走る形になった。
「2人共、そろそろフェナスシティに…………あれ?何か2人……仲良くなった?」
バショウの背中にピッタリとくっつくアキラを見たメグミが呑気に言うと、当人達は苦笑しながら「気のせいだ」と答える。
(その割には息ピッタリだけど……)
そんな事を思いながらも、メグミは穏やかに微笑んで前に向き直った。
やがて見えて来た町並みに、彼女の表情は明るくなる。
「あっ!もしかしてあれっ?」
「らしいぜ。まるでオアシスみたいだな」
ブソンの言う『オアシス』の表現はまさに的確だった。
殺風景な一色の砂漠の中に、豊かな水を蓄えた青い町並み。
そして奥に構えられたドーム状の施設。
「あれが水の都……フェナスシティ……!」
「それでは、換金が終了しましたので、確認とサインをこちらに」
笑顔ではあるが、業務的な口調の女性に渡されたペンを紙の上に滑らすメグミ。
「換金に来るお客様は久しぶりです。余所の地方からオーレに来るなんて……観光か何かですか?」
「そんなところですね。伝説のトレーナー……ローガンさんに興味があって」
「まあ、やっぱり!」
無難な受け答えをしつつ、世間話をした女性を見て、これが彼女の素なんだろうと察する。
そうして手続きも終了し、3人が待つロビーに戻ろうとしたメグミを呼び止める人物がいた。
「あの」
声のした方を向くと、換金業務をした人とは違う、眼鏡をかけた女性の姿が。
「バトル、お好きなんですか?」
「え、ええ。まあ……」
「でしたら、こちらを差し上げますわ」
半ば強引に持たされたのは、やや厚めのフェナスの町並みがデザインされた爽やかな封筒。
「この後、奥のコロシアムでバトル大会が開かれますの。良かったら是非」
「大会?」
封止めされていない封筒を開くと、何故か4人分の参加チケットが入っている。
そして別紙には大会のルールが記載されていた。
「“ルールはトレーナー2人、ポケモン2体のダブルバトルのタッグ形式。優勝者には強いポケモンをプレゼント。君も優勝して最強ポケモンを手に入れろ”……?」
これみよがしに胡散臭い文章を問おうと、顔を上げた先に女性はもういなかった。
「消えちゃった……」
呆然としながらも、もう一度紙に目を向けるメグミ。
でも何回読んでも内容は変わらない。
「……一応みんなにも聞いてみよう……かな」
「フェナスコロシアム参加チケットねぇ……」
「時間はあるしチケットは4人分あるから、みんなにも相談しようと思って」
メグミの言葉を聞いて後に頬杖をついていたブソンは、用紙をテーブルに放ってからコーラに手を伸ばして言う。
「第一、その最強ポケモンって何だよ。胡散臭いにも程があるだろ」
「まあ……確かに」
最強なんてポケモンが果たしてこの世にいるのだろうか。
そう思考を浮かべた3人に、バショウが用紙を手にして空気を断つように言った。
「百聞は一見に如かず。参加すれば疑問は解決するんじゃないんですか?」
「それはそうだけど……」
「どうせチケットは人数分あるんですし、退屈凌ぎにはいいと思いますよ」
「退屈凌ぎねぇ……」
確かにバショウの言う通り、次の宛てがない事実。
恐らくアゲトビレッジに戻ったところで、状況は別段変わらないだろう。
「……なら、行ってみる?折角だし」
「暇潰しになるならな」
空になったグラスをコースターに置くブソンが答える。
バトル自体は好きなアキラも同意し、意見はまとまった。
「じゃあ決まりね!早速エントリーに行こう!」
食事が済んだグラスや皿を片づけてから、4人はコロシアムに向かう。
―――フェナスコロシアムは大規模な工事の為、しばらくの間バトル大会は休止します。
そんな貼紙が壁にあったのに気づく者はいなかった。