何とも気まずい雰囲気。
ヨーギラスは2人の顔を交互に見、本人達は上や下を向いて沈黙を保つ。
そんな重苦しい空気を解いたのは、意外にもブソンの方だった。
「……悪かったな」
突然の謝罪の言葉に驚くメグミは、目を丸くして彼を見上げる。
ペンライトの小さな明かりが照らすのは、真剣な横顔だった。
「俺が連れて来なきゃ、こんな事にならなかったもんな」
「そんな……ブソンの責任じゃ……」
「…………」
「…………」
再びの沈黙。
そして今度はメグミがか細い声で謝罪の言葉を紡ぐと……。
「っ……あのなぁ!!何度も言わすんじゃねぇよ!!」
突然声を荒げるブソンの額には怒りのあまり血管が浮かんでいる。
「俺が謝ってんだからそれでいいだろうが!!嬢ちゃんまで謝って来たら面倒だろ!!もう謝るな!!いいな!?」
怒鳴り声が止むと、メグミは驚きから目をこれでもかと見開いて、黙って何度も頷いた。
するとブソンは満足げに「ならよし」と腕を組む。
「……とは言え、このまんま座っててもどうしようもないからな」
頭を掻くブソンは、おもむろにボールからラグラージのテノールを出した。
「テノールでどうするの?」
「落ちた所に水路があっただろ。コイツなら、ヒレのセンサーで水路をキャッチ出来るからな。……チッ、もう電池が切れちまいそうだ」
唯一の明かりが点滅を始める。
こんな事ならザックのショップで電池を買っておくんだったとブソンが思うと後ろから光が飛んできて、メグミのアルダが姿を現した。
「明かりの代わりになるかな?」
「ああ。助かる」
アルダの手首から溢れる炎が辺りを明るく照らす。
するとブソンはペンライトを仕舞い、荷物をテノールに預けた後に彼女に背中を向けて屈んだ。
「その足じゃ歩けねぇだろ」
おぶってやると言うブソンに、メグミはヨーギラスをボールに戻してからそろそろと手を回す。
「ありがとう」
「礼はここを出られてから頼むぜ」
2人はアルダとテノールを先頭に歩き出した。
どのぐらい歩いたか、曲がりくねる道はさっきから同じような景色ばかりを見せる。
「結構進んだね」
「ああ。だが上に行けなきゃ意味はねぇな」
「テノール、水路はありそう?」
メグミの問いかけに、彼は真っ暗な道の先を指して頷く。
「一応、水路らしい場所には近づいてるみたいだな」
辺りにはポケモン達の足音とブソンのブーツの音だけが響いた。
それがメグミの中に、申し訳ないという気持ちを生み出す。
(私だけブソンにおぶってもらって、何もしてない……。アルダもテノールも頑張ってるのに……)
「はあ……」
思わず出る溜め息にブソンが反応する。
「どうした?同じ景色に飽きたか?」
「ち……違うよ。何か私……お荷物だなって……思っただけ……」
自分の肩から回された華奢な腕がギュッと握られると、今度はブソンが溜め息を吐く。
(くだらねぇ事で悩みやがって……)
己を責めやすい、妙なところがバショウに似てると思った。
けれどそれは口に出さず、代わりの言葉をブソンは投げた。
「嬢ちゃん、ここから出られたら、腹いっぱい飯を食わせてくれるか?」
「え……?」
「アイツが言ってたぜ。嬢ちゃんの手料理は最高だってな。これから一緒に旅するんだから、俺にも食わせてくれるだろ?」
アイツとはアキラの事。
いつもの絶えない口喧嘩がなかった時にそんな事を聞いたと言えば、メグミは照れたように了承の返事をした。
「いいけど、ブソンの口に合う……かな……」
「ンなモン、食わなきゃ分からねぇだろ。俺の口に合うかどうかは俺が決める」
「……そっか。ふふっ」
溜め息は消え、代わりに聞こえる笑い声にブソンも一緒になって笑う。
「何作ってもらおうか、今から考えておくか」
そんな長閑な会話をしていると、先頭を歩くテノールが止まった。
辺りを照らすアルダ、次いでメグミをおぶるブソンも足を止める場所には捜し求めていた水路が。
けれど飛び込むには流れが強すぎるし、水路を辿るには道は行き止まりになっていた。
「参ったな……」
一旦メグミを下ろすと、ブソンは激しい流れの水路に目を向けた後に、壁をノックするように叩く。
「この壁を掘って進むしかなさそうだな」
「それならクロスだね」
言うなりクロスがボールから出され、自慢の長い爪を自信満々に振ってアピールされた。
「取り敢えず、まずはこの壁の向こう側に俺達が通れる場所があるかどうかだな」
「そうだね。クロス、よろしくね」
指示通り、ザクザクと分厚い土の壁を掘り進むクロス。
その間にブソンはメグミの捻挫をもう一度看る事にすると、適当な岩に彼女を座らせて一度包帯を解く。
「痛みはどうだ?」
「もうそんなに痛くないよ。ブソンの応急処置のお蔭だね」
「まあ……痛みはなくても、嬢ちゃんは歩かない方がいいな」
もう一度患部を冷やして解いた包帯を巻き直す。
その間、彼女の表情が痛みで歪む事はなかったので、ブソンから見ても症状が良くなっているのが分かった。
「……クロス、壁の向こうに行けたかな?」
クロスが顔を見せないから、まだ厚い壁を掘っているのだろう。
メグミを座らせたままブソンが穴を覗き込むと、炎で照らせない所まで進んではいるようだが、掘り進む音がするのでまだ向こう側へは到達していないようだ。
「ブソン、どう?」
「まだかかりそうだな。嬢ちゃんはそのまま待ってろ……って、大人しく座ってろっての!」
「だって私だけ何もしてないのも悪いし……」
真後ろに立って様子を伺うメグミは一応怪我をした足を労って片足だけでブソンに寄るが、彼からは動くなと注意されてしまう。
「はあ~っ……!!」
大きな大きな溜め息を吐く男にあっさり担がれ、メグミはちょんとさっきの水路横の岩に座らせられた。
「今嬢ちゃんがしなきゃならねぇのは、いい子で待つ事だ。いいな?」
いつもの威圧する声と、素での睨みに大人しくメグミは「はーい」と返事をして膝を抱える。
足首を少し動かして具合を確認すると、痛みを感じる事はなかった。
しかしまた大きく動いたら怒られると思い、メグミは姿勢を変えるだけに留める。
―――その時、彼女を見つめる赤い光があったが、誰も気づく事はなかった。