目の前に立つのはオールバックにした赤髪に漆黒のマントの男。
ポケモントレーナーで彼を知らない者など誰一人とていないだろう。
ドラゴンポケモンを従え、四天王のチャンピオンに君臨するトレーナー。
その名は……。
「ワ、ワッ……ワタルさんーーーっ!?」
突発なワタルの登場に驚いたあまり、ショックがどこかに吹き飛んでしまった。
「な、何で四天王のチャンピオンの最強の無敵のワタルさんがここにィ!?」
驚きからか、言葉が非常におかしいが本人は全く気付いていない。
そんなアキラを見てワタルは爽やかに笑った。
「ハハハッ、確かに俺は四天王チャンピオンのワタルだ。いつもメグミがお世話になってるようだね。改めてお礼を言わせてもらおうか」
「お、お礼だなんてそんな……!それよりも……何でワタルさんがこんな所に?」
「ポケモンGメンの任務でね。メグミが誘拐された事もあるし、どうやらこの任務は少し厄介になりそうだからね」
「……厄介?」
オウム返しに尋ねるアキラ。
「ああ。その事については後で話そうか。……休んでからでいいから、事件の内容を教えてもらえるかい?」
「は、はい!勿論です!」
「ありがとう。じゃあまた後で」
やはり忙しいのか、ワタルはマントを翻して足早に去って行く。
アキラはその後ろ姿をただ呆然と見つめる。
「俺……あのワタルさんと喋っちまった~……!!」
感動のあまり、持っていた缶を上下に振りまくる。
ソーダがシュワシュワと音をたてていくと同時に、ワタルとの会話が蘇る……のだが。
「気づかなかったとはいえ、ワタルさんになんて口聞いちまったんだよ俺~っ!」
俯いて二色の髪の黒い方を掻きむしるが、いくら騒いでももう遅い。
盛大な溜息をついて缶のプルトップに指をかけた。
「……と、とにかくワタルさんがいれば百人力だ!これであのグラサンと銀髪の野郎を倒して、メグミを助け……うわっ!?」
プルトップを開けた瞬間、豪快なソーダのシャワーを浴びてずぶ濡れになった。
一度にたくさんの出来事があった為に、炭酸の缶を振ってしまった事をすっかり忘れていたのだ。
アキラが本調子に戻るのは、もう少し先になりそうだ。
小さな照明が揺らめく廊下で真剣な面持ちで相談し合うバショウとブソン。
互いの手には数枚の資料が握られている。
「それにしても、ボスは随分と面倒な任務を我々に下しましたね」
「お前がぼやくなんて珍しいなバショウ。……ま、確かに面倒臭ェ事には変わりないな」
「どうします?人質を預かっている今でしたら、彼女にも協力してもらえますが……」
「嬢ちゃんに?オイオイ、いくらなんでもそりゃあ……」
最初は小馬鹿にするような言い方だったが、徐々にブソンの顔つきが変わっていき、いつものように口角を上げる。
「待てよ……?そうか、その手があったな……!」
何かを閃いたらしく、その内容をバショウに伝える。
「成る程……。それならいけそうですね」
「決まりだな。じゃあ早速、嬢ちゃんに頼み込むとするか」
ブソンはそう言うなり、力強くドアをノックする。
その音は、彼らの本当の任務の始まりを告げる合図でもあるのだった。
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