テーブルの上にあった調味料は床に落ちたり、口拭き用の紙ナプキンが散乱したりしたが、パフェは俯いた状態の彼女の頭にひっくり返った形で命中していた。
メグミの口元が微妙にヒクヒクと引きつり、スプーン一杯だけ残ったパフェの破片も調味料の広がる床に落ちた。
「メ、メグミ……?」
恐る恐る……といった動作のアキラの額を、冷汗が大量に流れる。
そして彼女の頭の上のパフェも落ち、醤油とソースの海に転がった後、ゴクッと固唾を呑んだ。
「……しの……っ……!私のっ……!夢にまで見たっ……レインボーパフェっ……!!」
漸く顔を上げたメグミの目には涙が浮かんでいた。
「許さあぁぁぁぁんっ!!」
ついにアキラが恐れていた事が起きてしまった。
メグミが怒髪天を衝く事態はどうにかして避けたかったが、ここまで来たら彼に出来る事はメグミの気が晴れるのを待つだけだった。
「乙女の至福の時間を奪うなんて言語道断!!ましてや相手がこの私だった事、不幸だと思いなさい!!」
「何だお前は?関係ねぇ奴は引っ込んでな」
「お黙り。二度とそんな口が叩けないようにしてあげるわ」
食い物の恨みは恐ろしいとは言うが、彼女の場合はまた凄いものがあった。
普段は全くない女王気質が発揮されているのが、口調だけで分かる。
「何だか知らねぇが……面倒な事になっちまったぜ……!ずらかるぞ!」
厄介になる前に逃げる事を判断した男とその仲間を見たモヒカン男は鼻で嗤って言った。
「へっ、見ろよ!あいつら……こんなお嬢ちゃん相手に尻尾巻いて逃げやがったぜ!」
ダサい台詞を吐くモヒカン男とスキンヘッドに対し、メグミはじっと黙って睨み据えている。
この2人こそが、レインボーパフェを無惨な姿に変えた原因なのを知っていたからである。
「やる気か?俺ァ奴らと違って、売られた喧嘩は買ってやるぜ!やっちまえパラセクト!」
「加勢するぜ!行け、ゴース!」
モヒカン男とスキンヘッドが出して来たのは、茸ポケモンのパラセクトとガス状ポケモンのゴースだ。
実はメグミは虫ポケモンが大の苦手。
立ちはだかるパラセクトも例外ではないのだが、今はそれ以上にパフェを台なしにされた憤怒が上回っている為、彼女に全く動じる様子がない。
そんなメグミが対抗する為に繰り出したのは……。
「……クロス、遠慮はいらないわ。やっておしまい」
クロスは『えぇっ!?』と驚いた顔をするが、自分のトレーナーだし、これ以上怒らせると恐いし……と、怖々前に出た。
「アルダ、バトルオン!」
メグミの2体目のポケモンは猛火ポケモンのバシャーモ。
既に手首からは真っ赤な炎が放たれている。
「パラセクト!痺れ粉だ!」
小さく身震いすると、背中のキノコから黄色の粉を撒き散らす。
まずは身動きを封じる作戦のようだが、メグミにそんな作戦は通用しない。
「クロス!神秘の守りで防御!剣の舞から燕返し!!」
3つも同時に命令されるクロスだが、彼にとってこれくらいは朝飯前。
青白い光に包まれながら戦いの舞を踊り、攻撃力を上昇させた。
「来るぞ!切り裂く……」
「遅いわよ!今よクロス!」
『スパンッ!!』
残像を残したままパラセクトの上空に移動したクロスの燕返しが見事に決まった。
草と虫タイプのパラセクトに、飛行タイプの技は4倍のダメージ。
しかも剣の舞で攻撃力を上げていた為、パラセクトは一発でダウンした。
「くそっ!ゴース、舌で舐める攻撃!」
「ありがとうクロス、下がっていいわよ!アルダ、かわして火の粉!」
得意のスピードでいとも簡単に攻撃を避けると、アルダは口から無数の炎の弾を発射した。
だがあまり効果はないようだ。
(様子見で威力は弱めたけど、特防はまあまあね……)
「そんなあまっちょろい攻撃でやられるか!ゴース、どんどん攻めろ!」
「回避に専念して!」
ゴースはナイトヘッドや怪しい光などを放ってくるが、ことごとく避けられてしまい、トレーナーの方に苛立ちが見えて来た。
メグミも攻撃の命令は一切出さずに、ただ一点を見つめている。
その視線の先にはアルダの姿が……。
(そろそろかな……)