昏々と眠るメグミは夢を見ていた。
夢と言っても、それは旅を始めてすぐの長雨が降りしきる山の中で休んでいた時の過去の出来事。
ポケモン達と夜明けと雨が止むのを洞窟の中で待っていると、その傍で何かの声が聞こえた。
入口を守るように座っていたアルダは片目だけを開けて洞窟の外をちらりと視認する。
まだ止まない雨が地面を叩く音に混じって聞こえるのは、ポケモンの鳴き声のようだ。
今にも力尽きそうな程か細い声に、メグミも不安な様子で立ち上がる。
焚火から1本だけ薪を手にして外を照らすと、メグミはそこに倒れるポケモンを見て驚愕した。
「ファ、ファイヤー……!?」
火の鳥伝説で語り継がれていた火炎ポケモンが今、自分の目の前に横たわっているのだ。
信じられない光景だが、それは事実。
雨に打たれて大分衰弱している様子で、メグミが近づいても威嚇すら出来ないようだ。
「みんな、一緒に洞窟まで運ぶのを手伝って!」
2mの大きな体を懸命に持ち上げて雨の当たらない場所へと移動させ、すぐに毛布を被せる。
「冷たい……。羽根を怪我して動けなくなっちゃったんだね……。すぐに治してあげるからね。少し染みるけど我慢して」
傷口に消毒薬を吹きかけると、ファイヤーは痛さを表情に表す。
「大丈夫。これはよく効く薬なのよ」
優しい言葉と手つきで怪我の部位に包帯を巻いていくメグミ。
「安心して……ゆっくり休んで……」
彼女のポケモンに体を摩られ、ファイヤーはメグミの膝に頭を乗せて瞳を閉じた。
その時の情景は、まるで写真のように炎で消えていった。
「……んっ……」
メグミの指先がぴくりと動く。
未だ重い頭を働かせようとするがとても痛く、なかなか動いてくれない。
それでも彼女の体は熱を感じていた。
(熱い……っ?私……どうしたんだっけ……?)
ゆっくりと瞼を開けると、広がった光景は紅蓮に燃え上がる炎の海だった。
「ど、どうして私っ……こんな所に……!?」
しかもその時に自分は腕を縛られ、吹き抜けになった部屋の天井に吊されている事に気付いた。
飲み込めない事態と恐怖でメグミは言葉をなくし、蒼白した顔を左右に振った。
(やだ……!怖いっ……!誰かぁ……!!)
どんなに強く願っても、そこには誰の姿もない。
容赦なく舞い上がる炎に涙を注いでも、誰の声も聞こえない。
今一番に現れてくれそうなバショウやブソン、イッサもいない。
いつも隣にいたアキラもポケモン達も……。
熱される空気で次第に意識が削がれていく。
するとすぐ傍の壁が崩れ、炎が吹き出して彼女を襲った。
「きゃあああっ!!」
パラパラと壁の残骸が燃え盛る炎の中に落下していく。
左腕に激しい痛みを感じて見上げれば、火傷で負傷した自分の腕とロープに燃え移った火の粉があった。
火の粉はじわじわと、唯一彼女を支えるロープを焦がしながら大きくなる。
苦慮してもどうにも出来ない場景に耐えられず、メグミは落涙するばかり。
(結局……バショウとブソンにお礼言えなかったなぁ……。イッサはきちんと2人に渡してくれたかな……)
虚ろな瞳でいれば、思い残した事ばかりが湯水のように溢れて来る。
(クロスやポケモン達も無事かな……。……ファイヤーのタマゴも守れなかったし……それに…もう1回でも……アキラに会いたかった……。それと……)
いつも追いかけていた、自分よりも先に旅立った兄の後ろ姿が蘇る。
(お兄ちゃん―――……)
ロープがちぎれる音が聞こえた瞬間、彼女の体は支えを失って静かに落ちた。
悲鳴も上げず、ただ胸に残る悔しさから涙だけを零しながらメグミが瞳を閉じた時―――……。
「メグミィーーーッ!!」
炎が燃え盛る音の中に、懐かしい自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
瞳を開けても、涙でぼやけた視界には炎の色しか見えない。
だがスローモーションに流れる景色の一部に黒い何かがちらついた。
(あれは……?)
近づく影をもっと見ようと目を見開こうとするよりも先に、彼女の意識は途切れる。
その体が炎の海に落下する寸前のところで、メグミが見た黒は彼女の体を受け止めた。
「メグミッ……!」
すんでのところで落下するメグミを抱き留めたアキラは、ひしと彼女を抱きしめる。
「リザードン!脱出するぞ!!」
咆哮するリザードンは抜けて来た通路をぐんぐん上昇する。
あとはもう外に出るだけだ。
そう安心した時、背後で一際巨大な爆発音が轟く。
咄嗟に振り返れば、瓦礫を含んだ炎の渦がすぐ後ろにまで迫って来ていた。
「逃げ切れないっ……!!」
渦は簡単に彼らを飲み込み、研究所を大きな火柱に変えた。
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