ぐったりとする2体を前に、バショウとブソンは言葉をなくした。
迂闊だった―――……。
接近戦は危険だと分かっていたにも関わらず、また同じ手を喰らうどころか戦闘不能にまで追い詰められるとは……。
自身が腹立たしくなり、拳を握り唇が切れそうになるまで強く噛み締めた。
そんな彼らの手を緩い力で引く人物がいた。
メグミだ。
「……お願い、エアームド達を戻してあげて……。これ以上はもう無理だよ……」
今にも泣き出しそうな顔は、目の前で力尽きた己のポケモンも道具なのかと問いかけた時と同じで……。
その時と同じ感覚がブソン達の胸中を掻き乱す。
軽くメグミの手を振り払い、ボールをポケモン達に翳して戻した。
「……俺達にはもう戦わせられるポケモンがいない」
「後はあなた達だけで戦って下さい」
悔しくて堪らないのだろう、2人の声音は低く冷たい中に自身への怒りが含まれている。
メグミは頷く事しか出来ずに、またアキラやワタルの元に戻ろうとするが……。
「アイアンテール!」
バンギラスのアイアンテールが何体ものポケモンにヒットし、次々と戦闘不能者を増やしていく。
続けてバンギラスが大文字、地震、吹雪などの強力な技を放つ度に1体……また1体と伏していくポケモン達。
「…………!」
声に出来ない嘆きを抱くメグミの顔が徐々に蒼白していく。
最後まで立っていたのは、クロスとアルダとグラシア、そしてアキラのフシギバナとワタルのリザードンだけだった。
ロケット団のポケモンを合わせても、約3分の1にまで減らされてしまった。
圧倒的な力を前に、彼らに敗北の字が重くのしかかろうとする。
未だバンギラスへのダメージは小さい。
一方、メグミ達のポケモンは疲労困憊といったところか。
(何かっ……何か方法はないのか……!?)
アキラが歯を食いしばりながら打開策を懸命に考えていると、背後に奇妙な音が響いた。
ミシミシと音を立てながら森の木が倒れたのだ。
バンギラスの火炎放射が燃え移った箇所からじわじわと木を侵食し、そこから木を折った炎は森全体に広がろうとしていた。
「まずい!森のポケモン達が……!!」
遠くで逃げるポケモン達の鳴き声が聞こえて来る度に、ワタル達の胸を苦しめる。
「グラシア!雨乞いで火を消して!」
背中の大砲から空にエネルギーを打ち出すと、ぽつりぽつりと雫が降って来た。
あっという間に雫の数は増え、本降りになると雨音が森中に広がり、焦げ臭い匂いと一緒に燻る炎を消していく。
「良かった……。これで森は大丈夫ね……!ありがとう、グラシア!」
礼を言われたグラシアが頷いた直後、ナナミが声を荒げて叫んだ。
「今だ!雷を落とせ!!」
バンギラスが咆哮と共に電撃を雨雲に向かって放つ。
雨の状態では雷はほぼ確実に命中する。
今の体力では直撃を受けるのはあまりにも危険だ。
アキラ達がポケモン達へ回避する指示を出そうと口を開くが、出て来た言葉は指示ではなく悲鳴だった。
「うわああああああっ!!」
空から一直線に落ちた雷はポケモンではなく、なんとメグミ達に直撃した。
非情な攻撃にアルダは怒りからバンギラスに猛突進するが、岩の尾で軽く遇われてしまう。
立つ体力すらも失ったトレーナー5人は膝から崩れ、ぬかるんだ地面に倒れた。
一同が動揺する中、一番に冷静になれたのはフシギバナ。
彼が背中の花からエネルギーを放つと雨雲は消え去り、大きな月が辺りを照らした。
日本晴れを使う事に因り、雷の命中率を下げようと考えたようだ。
「く……うっ……!」
全身に残る電撃が苦しめる。
指先を僅かに動かしただけで、体が裂けてしまいそうだ。
「フン、無様な姿だな。トレーナーもトレーナーなら、ポケモンもポケモンだ。主人がいなければまともに戦えないとはな。……バンギラス、まずは目障りなトレーナーから消せ」
「!!」
ナナミの突拍子ない発言に一番驚いたのはポケモン達だった。
大切な主を守ろうと一斉に飛びかかるが、たやすく薙ぎ払われてしまう。
その攻撃の風圧で離れた場所にいたバショウとブソンの体はメグミ達の傍まで飛ばされる。
「バショウ……ブソン……!」
何とか片腕だけで起き上がろうとするブソンだが、それは叶わずにまた倒れてしまった。
「……上手く集まってくれたな。今がチャンスだ。……奴らを燃やし尽くせ!」
絶体絶命のピンチに動ける者は誰もいなかった。
ただナナミだけが嗤い、バンギラスは無表情のまま口元にエネルギーを溜める。
「今だ!大文字!!」
最大温度まで高められた火炎は躊躇いもなく5人に向けて放たれ、全員が目を伏せた瞬間に彼らの体は業火の向こうに消えた。