港に雄大な汽笛が響く。
そろそろ出港時間のようだ。
「ワタルさん、向こうに着いたら連絡しますね」
「ああ、分かった。よろしく頼むよ」
伝えたい事は一旦伝え切った。
名残惜しさを堪え、メグミはアキラを追って船へと乗り込もうとした。
「……メグミ」
不意にワタルが呼んだ。
彼はマントをはためかせ、静かに言った。
「……気を付けて……行ってくるんだぞ」
「……うんっ。行ってきます!」
それを最後に、彼女は一度も振り返らずに船の奥へと消えた。
本当なら船が動き出してもカイリューに乗ってギリギリまで見送ろうかと考えていたが、メグミの目標を聞いたら出来なくなってしまった。
最後まで振り返らなかった彼女に申し訳ないと思い、ワタルはそのまま船に背を向ける。
「妹からライバルに……か……」
それも悪くないと口元を綻ばせ、彼は船が出発の合図を鳴らすのを背中で受け止めたのだった。
「……ところでさ。2人はいつ合流するんだろ?オーレ地方に行ってかな?」
「さぁな。俺は何でもいいけどな」
慌ただしくて決まっていなかった合流地点。
ただ旅に同行する事しか決定していなかったので、はたと思い出したようにメグミは言うが、アキラの反応は限りなく薄い。
「随分と冷てぇなぁ、2人共」
背後から余裕たっぷりの声と一緒に、突然メグミ達の首筋に冷えた缶が押し当てられて悲鳴が出た。
「冷たぁぁぁーっ!!?」
鏡に映したような同じ反応に犯人───ブソンは軽快に笑う。
ノースリーブのベストの私服だが、サングラスは変わらずかけていた。
「隙だらけだぜ?そんなんじゃあ、また負けるハメになるぞ」
微塵も悪びれた様子はない。
短くない時間、彼を見て来たメグミは反論しても無駄だと悟るが、アキラはそうもいかないようだ。
「誰が負けただと!?あのままバトルしてたら俺のバァンとボスゴドラが勝ってたっつーの!!」
「へっ。どうだかな。だってお前、嬢ちゃんのボール見てビビってたじゃねぇか」
「お、俺がビビっただと!?あの時は驚いただけだっ!!」
「その割には真っ青になってたぜ?」
「何だとォ!?」
「あ~もう……。超うるさい……」
距離を置いて耳を塞ぐメグミの隣に銀髪の男が来る。
バショウは申し訳なさそうに口を開いた。
「すみません……。ブソンは静かにしている時間が少ないんです」
「……うん。知ってる」
何となくででもブソンの事は分かって来たメグミが淡々と答えると、バショウがある事を切り出した。
「……実は1つ相談があるのですが……」
「相談?」
「ジュカインとラグラージのニックネームの事です。やはりどうも呼びにくくて……」
遠回しに名前を変えてくれと言われている事ぐらい、メグミはたやすく理解するが……。
「……別の名前を考えた事もあるけど、絶対そっちが嫌だって言うよ」
「……ちなみに別の名は?」
「キモリとミズゴロウの時から一緒だったから、モリリンとゴロちゃん」
「…………」
メグミの発言の後はアキラとブソンの口喧嘩と、船が波と風を切って進む音だけが吹き抜けた。
「……ソプラとテノールでいいです」
「ね?」
バショウの顔を覗き込むと、彼は困ったようにキラキラ光る波を見つめていた。
傍らではまだ口喧嘩が続いている。
「もう……アキラ~!もうやめなってば!折角の船旅が勿体ないよ!」
「ブソンもです。大人げないですよ」
バショウも宥めようとするが、なかなか怒りは治まらない様子。
せめて相棒だけでも……と、バショウはそのままブソンの肩を叩いて説得を始める。
「もうっ……。……でも……賑やかでいいかもね……」
日差しを受ける彼らの表情は、どことなく生き生きとしているようにも見える。
バトルになるとすぐ熱くなるアキラ。
そのアキラに何かとちょっかいを出してからかうブソン。
一番冷静に2人を見守るバショウ。
そして新たな信念を胸に抱いたメグミ……。
奇妙な巡り合わせで出会った彼らの冒険は、この時から始まった。
長かったこれまでの出来事も、4人の旅の始まりにしかすぎないのです―――……。
to be next adventure……⇒