そう遠くない所に平たい岩が並んだスペースがあったので、それを椅子代わりに2人は隣り合わせに座った。
メグミは隣のバショウをちらっと見るも、彼は言葉を探しているのか暗い空を見上げて動きそうにない。
けれどメグミから話を切り出そうとはしなかった。
バショウが切り出すまで静かに座り、その時を待つ。
時間的には2分前後だろうか、メグミが空に浮かぶ雲の形の変化をぼんやりと見つめていると、透き通るような声が隣から発せられた。
「……スランプを体験した事はありますか?」
「スランプ?」
「ええ。バトルの」
遠回しのようで直接的な問いかけに、メグミは口元に手をやって悩んだ。
「ない事はないけど……割と早く解決するかな」
「どうやって?」
間髪入れずにバショウの問いがやって来る。
見た目では分からない、内面的な焦りが伺える。
「とことんバトルをする!これに限るね!」
バショウの不安を吹き飛ばすように言い切るメグミ。
「とにかく無茶苦茶に走って、目一杯走って……。そうしたら自然に自分の答えの所に辿り着けるよ」
「自分の答え……」
「私も上手くいかなくて、どうしようか分からなくなったら、とにかくもがいてみるの。……バショウのスランプもきっと今だけだから、もう少しの辛抱だよっ」
笑顔を向けてみるものの、バショウは静かに俯いて険しい顔をしていた。
そんな簡単に抜けられる訳がない。
リアリズムの彼ならそう思っているのかもしれないと考え、一旦口を閉ざした。
すると、少し間を取った彼から言葉が紡がれる。
「今まで……」
「?」
「今までハガネール以外には、訓練用のポケモンしか持った事がないんです」
「……そう……」
「あなたのポケモンは確かに強い。ですが、その強さを引き出す術が私には分からない……」
「…………」
「ポケモンと相成れる気は今も……今後も持たないでしょう。ですが……」
否定の言葉の続きは出されなかった。
「ポケモンと仲良くならなくても構わないから、ただ勝ちたい……?」
代わりにメグミが続きを言った。
冒頭にもそんな事を言っていたのを、メグミは覚えていたのだ。
「……やっぱり考え方が違うんだね、私達」
溜息のように呟く少女の表情は、何の感情も浮かべていない。
怒りも悲しみも、その対の気持ちすらもバショウは知る事が出来ない。
どんな想いで自分の隣にいるのだろうか。
バショウがふとメグミの立場になって思考を働かせようとしたら、不意に彼女が腕を伸ばして岩の上に寝転がった。
「勝ちたい、負けたくないっていうのは私も一緒だけどね」
あまり変わらなかった目線の高さに差が生じるようになり、必然的にバショウはメグミを見下ろした。
「勝つって事は、たった2文字なのに……すっごく難しい事なんだよね……」
「……そうですね」
しばしの沈黙。
けれど、それは決して重苦しいものではなかった。
互いにどことなくスッキリした様子が窺える。
「……バショウ、明日……今度は私に付き合ってくれる?」
ぴょんとバネのように飛び起きてメグミが尋ねた。
「何にですか?」
唐突な発言に少々動揺した素振りを見せる彼に、メグミは困ったように答える。
「この流れでいったらバトルしかないでしょ!」
「あ……」
それもそうかと、短く謝る。
「バトルのスランプは、バトルでしか解決出来ないと思うの。だから、それも兼ねて私からお願いしたいの。……ダメ?」
「私は別に構いませんが……」
「なら決まりね!」
いつも笑顔のメグミが、彼にだけの微笑みを向けた。
「ありがとうバショウ!何かもやもやしてたのがスッキリしちゃった!……あれ?私がスッキリしていいんだっけ?」
本来はバショウがこの台詞を言うはずでは、と疑問符を浮かべると、当人が
「いいんじゃないですか?」
と答える。
「お蔭で私も幾分か、心が晴れましたし」
やり方はまだ掴めてはいないものの、出口への一歩を踏み出せたと、バショウは小さくても強固な確信を得た表情をメグミに見られないように浮かべる。
「お互いスッキリしましたし、そろそろ戻りましょう。私達がいないと知って、騒ぎになっているかもしれないですし」
「あ、言えてるね。みんな起きてないといいな」
ふと夜空を見上げてみる。
さっき見た時と変わらない、星が瞬く藍色の海。
(綺麗……)
星達の美しさは何1つ変化してないが、ただ1つだけさっきと違っている事があった。
それは、バショウの横顔。
その横顔に、メグミが感じた寂しさや憂いはもうない。
自分の力だと自惚れはしないが、自分が少しでも彼の為になれたのかもしれないと思うと、自然に笑みが零れた。
「バショウ」
妙ににこにことした顔で見つめられて、少々戸惑うバショウ。
一体何を言われるのかと思ったら、別に畏まる必要のない言葉をかけられた。
「一緒に頑張ろうね」
正直驚いた。
故に即座に返答が出来ず、そんな自分が恨めしく思うが、それでもメグミは笑顔を崩さずに隣を歩いている。
つくづく不思議な人だと、バショウは気持ちを穏やかにして、彼女と共に帰路に着いた。
気配を消して部屋に戻る。
幸い誰も起きていないようだったが、リュウトだけ毛布を蹴飛ばしていたので、出る時と同じようにまたメグミが毛布をかけ直してやり、自分の布団に潜る。
ジェスチャーだけでバショウに『おやすみ』と伝えると、彼も同じように返して布団の上に横になった。
程なく、彼女の寝息が聞こえて来ると、バショウは一度閉じた瞼をまた開いて、暗い天井を見つめた。
その蒼い瞳が何を捉えていたのかを知る者はいない。