逆転 / 糸鋸 × 御剣
――ジャマされた。
とある殺人事件の容疑者に面会した帰りに、あのギザギザ弁護士に偶然にバッタリ出くわした。
正直、この弁護士が苦手だ。悪い人では無いことは分かっている。必死になって御剣検事を救い出してくれた人だ。感謝するべき恩人ではある。自分にとっても、検事にとっても。だけど、素直に感謝が出来ない自分に戸惑うのも事実だった。
気に入らない。
❝検事にとっても恩人❞という、絶対的な位置。短いながらでも幼い頃の――あの事件で苦しむ前の御剣検事を知ってるという、過去を共有出来る少ない存在。自分にはない“個”を持っている、この弁護士が、羨ましくて、妬ましくて、とっても悔しくて悔しくて、検事の“特別”であることを認めたくないッス。
今まで人に対して、こんな‥‥モヤモヤした気持ちを感じたことはないのに。この弁護士にだけは悪い感情が生まれる。何がキッカケなんスかね?
「お前、被告人に会ったのか?」
お前も変わったね、とでも言いそうな雰囲気で弁護士が言う。‥‥分かってるくせに。御剣検事に変えたのはアンタじゃないッスか。自分じゃどうすることも出来なかった、見ていることしか出来なかった検事の闇を簡単に取り除いといて。今もこうして簡単に検事の傍にすんなり近寄って来れる人で。
「キミに教えられたから な。」
フッと口角をあげて笑う御剣検事は、確かに以前と変わらないふてぶてしい笑みを浮かべてはいるけど、纏う空気が柔らかい。前の検事がいいとは言わない。ボロボロの彼を見ていることは辛くて心苦しかったから、変わって良かったと思う。そもそも、どんな風になっても検事は検事だ。言動も仕草も、持っているものすべてが綺麗に見えるッス。‥‥自分が見とれてしまうくらいに。
その視界の中に入る、あの弁護士。なんとなく、他意はなくチラリと視線を動かし、青い男を見た――直後、ゾッとした。瞳に宿る、敵意と嫌悪の色。それらが自分に向けられていた。
「❝警察❞が調べたことがすべてじゃない、って?」
喉に何かが詰まったように、声がヒュッと飲み込まれた。ワレワレが必死になって上げた証拠、証人。それを信じて有罪へ持っていってくれる御剣検事。このカタい信頼関係を否定されたような、壊されたような気がして‥‥唇をぐっと締めて滲む涙をこらえる。
「そうではない。話を聞かなければ見えて来ないモノがあると気付けた、ということだ。」
‥‥ダメッス。そんなフォローじゃ。
自分を信頼してくれてるんだと嬉しかった。けれど、気付けただなんて。弁護士がチラつくことが、検事にとって外せない存在であることが‥‥イヤ、だ。
「‥‥成歩堂。さっきの言い方は、いくら糸鋸刑事でも傷つくぞ。」
そう、か。分かった気がする。自分から検事を奪われそうで、検事を検事じゃなくさせる存在が怖いんだ。いつか、自分が必要とされなくなるんではないかという不安も。
――いなくなればいいのに。
その考えに、自分自身でゾッとした。そんなこと思ってはいけない。それじゃ、気に入らないから殺したんだと言う犯罪者と同じになってしまう。
「イヤ、‥‥その‥‥、誤認逮捕があることも‥‥じ、事実ッスから。」
ははは、と乾いた笑いしか出てこなかった。自分が怖くて、壊れてしまいそうで、おかしくなりそうだ。
「しかしだな、今の言い方は刑事をバカにしていたではないか。とても許せるようなものとは思えないが。」
「そうッスかね?」
邪念を振り払うために、わざとトボける。そうでもしないと今すぐに、御剣検事をモノにしたい衝動が生まれてしまう。
本当に、大好きッス、御剣検事。好きで好きで、どうしようもないくらい。検事の心に、自分を刻みつけたいくらい好き過ぎて‥‥。
いつか、
御剣検事を、
あの弁護士も、
自分の心さえも、
‥‥壊してしまいそうで、怖くなる。
お題配布元:確かに恋だった 様
→成歩堂side 「狂気的な純粋さで、壊したい」
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